沁みる言葉・・・。

「和(にき)のこと」を綴ったブログ、和のママも見てくれました。
ママから、メールが届きました。

*****   *****   *****


仔犬は、とても可愛いですね。
ニキも可愛かった~。

でも本当に心が通じ合うのは、大人になってからですね。
仔犬の頃の、無敵の可愛さは無くなるかもしれませんが、
大きくなるに従い、存在が大きくなるというか、
掛け買いのない大事なものになる気がします。

最後のニキの大きな写真。
キラキラの瞳の先には私がいます。
カメラマンの横で、必死でニキにポーズを取らせていました。
こんなキラキラした目で見られると、嘘はつけないし、
今まで以上に、正直に真面目に生きなくてはと思いました。

私にとって、掛け買いのない大切な大切な存在でした。

*****   *****   *****

そして最後に、和と元預かりに感謝の言葉が添えられていました。

子犬時代の和は、本当に可愛かった・・・。
それはもう、両手放しの文句なしの可愛さでした。
もちろん、チビスケんちの子になった子犬時代から知っている、
和のキョウダイの伴(ばん)も同じです。

ママの言う通り。
チビスケ母もそう思います。

共に暮らしていく中で、その存在が
どんどん、どんどん、大切になっていきます。

可愛い可愛い子犬時代を過ぎ、大人になったらなんだかつまらなくなって、
お外につながれちゃう子もたくさんいます。
お家の中でワンコと暮らすと、人間だけで暮らしている時には
考えられないような事件もてんこ盛り起こります。
そんなこんなが鬱陶しくなり、お外に出されちゃう子もいます。

でも、イタズラっ子時代を乗り越えて、
家族としてお家の中でワンコと暮らす人たちは、
ワンコをお外につないでいる人たちには知ることのできない、
とてつもなく細やかで優しく
心の支えとさえなりうる存在とのキラキラな日々を、
経験することができると思います。

ワンコは群れで暮らす生き物です。
家族と離れ、番犬にされるために生まれてくるわけではありません。
お散歩はワンコもワンコと暮らす人も楽しいけど、
自分の健康維持のために使う、お外に置きっぱなしにしておく、
健康グッズでもありません。
ワンコだって、夏は暑いし冬は寒いです。

お家の中で、ワンコと暮らすと、
おトイレを覚えるまではお漏らしもしちゃうでしょう。
嚙んではいけないものも噛み、
いろんなものを壊してしまうかもしれません。
毛も抜けるし、体調を崩せば自分たちがご飯を食べている時であっても、
ゲ~とかピ~とか、しちゃうこともあります。

でもチビスケ母も赤ちゃんの時はお漏らししたし、イタズラしたし、
してはいけないことも知らないうちはた~くさんしました。
だから、誰だって同じなんだな~と思います。

ひとつ屋根の下で一緒に暮らすと
てんこ盛りの大変なことが起こるかもだけど、
ひとつ屋根の下で一緒に暮らすと、
そりゃもうべらぼうに幸せになれるのは、
ワンコだけでないんだなな~と思います。

この子を幸せにしてあげようと思い受け入れた人の多くが、
この子に幸せにしてもらったと言います。

ワンコだって、誰かのそばでずっと愛されていたいです。

どの子もどの子も、和のように、掛け替えのない存在であってほしい。
ママからのメールで、そのこと改めて強く思いました。

べらぼうな幸せを運んでくれる子を、お外につなぎっぱなしにしてるって、
ものすごくもったいないと思います・・・。

ママが言ってたキラキラの目の和のお写真、
もう一度、載せたいと思います。

和1611181724an

この視線の先にいられたママは、世界一の幸せ者です!
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「シロや、シロ、シロ。」

照(てる)が逝ってから、半月以上が経ちました。
逝ってしまった照には、もうなにもしてあげらません。

でももしかしたら、照だからこそできることを
手伝えるかもしれないと思い「お話」を作りました。
だいぶ、長いですが、どうかお付き合いください。

今日はエイプリールフール。
このお話は、作り話です。



【*】


とある田舎町に、優しいおじいさんが住んでいました。
おじいさんのお家のまわりには、広い広い畑が広がっていて、
とっても静かでのどかなところでした。
6年くらい前、おじいさんは近所で生まれた雑種の子犬をもらいました。
白っぽかったその子はシロと名付けられました。

「シロや、シロ、シロ。こっちにおいで。」
おじいさんはシロをとても可愛がりました。
シロは、そんなおじいさんが大好きでした。
「シロや、シロ、シロ。たんと食べて大きくなれよ。」
シロはおじいさんの言いつけを守り、モリモリ食べました。
そして、大きな立派な犬に成長しました。

広い広い畑は、シロの遊び場でした。
夜はお家の外につながれていたシロですが、
おじいさんが畑仕事をしている間は紐をといてもらい、
いつもおじいさんのそばで遊んだりお昼寝したりして過ごしました。
お昼になるとおじいさんは
いつだってシロに自分のお昼ご飯を分けてくれました。
なのでシロはお昼が近くなると、いつもワクワクしました。

穏やかで楽しい幸せな毎日でした。
そんなおじいさんとシロの平和で幸せな日々は、
ずっとずっと続くはずでした。

ところが5年ほど経ったある日の朝、
おじいさんは胸が苦しいと言いながら倒れてしまいました。
とっくに畑にいく時間になっても、おじいさんはお家から出てきません。
でもシロは、今まで一度だっておじいさんが出てこなかった日なんてなかったので、おとなしくおじいさんが出てくるのを待っていました。

昼過ぎになり、近所の人がやってきました。
いつもなら畑にいるはずのおじいさんの姿が見えなかったからです。
そして、倒れているおじいさんを見つけました。

大慌てする近所の人を見ても、
シロにはなにがあったのかわかりませんでした。
でも、生まれて初めて、シロの心は不安になりました。
(じいちゃん、なんで出てこない?
 シロ、おなかすいたぞ。おなかすいたぞ。)
誰もシロにおじいさんのことを教えてはくれません。
それどころか、シロのことなど、誰も気にしてはくれませんでした。

夜になって、おじいさんの息子たちがやってきました。
急なことで・・・とか、さぞお力落としのことでしょう・・・とか、
シロにはよくわからない言葉がぼそぼそとつぶやかれていました。

おじいさんに会えないまま、随分と時間が経った頃、
お嫁さんの一人がシロにやっと気付いてくれました。
「誰か、犬にご飯あげた?」
誰も・・・、あげてません。
シロは朝からずっと、なにも食べていませんでした。
「この犬、ガリガリよ。おじいさん、ご飯ちゃんとあげてたのかしら。」
「知らねえよ。忙しくなるから、二三日分まとめてやっとけよ。」
部屋の奥から、苛立った声が聞こえました。
こんな時に犬の世話までしてられるかよ・・・とでも言いたげな声でした。

お嫁さんはシロを家の裏につなぎ、その後、洗面器に入れた山盛りのドッグフードと鍋一杯のお水を持ってきてくれました。
シロは嬉しくて、シッポを振って喜びましたが、
「おとなしくしててよね。」
そう言って、お嫁さんはすぐに立ち去ってしまいました。
そんなこと言われなくても、
お前はちっとも番犬にならんなとおじいさんに言われるほど、
シロはおとなしい犬だったんですけどね・・・。

翌日、大勢の人が出たり入ったりしているのはわかりましたが、
表でなにをしているのかシロにはまったくわかりませんでした。
そして誰も、裏にいるシロのところには来てくれませんでした。

ご飯はまだ残っていましたが、
お水はとっくの昔にすっかりなくなっていました。
それは、短い紐につながれたシロが横になろうとした時、
お鍋をひっくり返してしまったからでした。

季節は秋になっていましたが、とても暑い日でした。
シロはとても喉が渇きました。
それにつながれっぱなしだったので、
仕方なくその場でシッコとウ〇チをするしかありませんでした。

シロのウ〇チにハエがたかります。
ブンブンブンブン、寝ていてもうるさいです。
ウ〇チにたかったハエは、ご飯の上にもたかります。
うるさいし、くさいし、暑いし、喉が渇いたし・・・、
それよりなにより、シロは寂しくて仕方ありませんでした。

(じいちゃん、なんとかして。)
シロは、おじいさんに会いたいと心の底から思いました。

シロが家の裏でふたつくらい夜を越した頃、
人の出入りも少なくなりました。
家の中では息子たちがこれからのことを話し合っていました。
皆それぞれに遠くで仕事をしているので、
誰もシロのいる田舎に住むつもりはありません。
いずれ家や畑を処分して、兄弟で分けようと決まるまでに
それほど時間はかかりませんでした。

お嫁さんがシロのことを思い出しました。
「犬、どうするの?」
「うちは無理。マンションだからね。」
「うちも無理。デカイのはダメ。」

誰も、シロの家族にはなってくれそうにありません。
それなら近所にもらわれていくのでしょうか?
いえ、それもありませんでした。
シロは息子たちが自分の家に帰るついでに、
当たり前のように愛護センターに連れて行かれました。

センターの人は聞きました。
「ご自分たちで飼えないのですか?」
「住宅事情が許さないので無理なんです。」
「どなたか飼ってくれる人を探されましたか?」
「父の葬儀やらなにやらで散々お世話になった方たちに、
 これ以上ご迷惑はかけられませんので。」
シロをセンターに持ち込んだ息子は、ご近所に気を使ったことを
誇らしくさえ思っていました。

「こちらでも、なるべく生かす努力をしていますが、
 現実問題として、保護する場所が一杯になれば
 殺処分せざるを得なくなることもあります。
 この子がそうなっても構いませんか?」

「はい、構いません。」

シロは、おじいさんの息子の車から降ろされ
センターの人に引き渡されました。
おとなしいシロは、車から降りるときも、
センターの人に渡された時も、素直に従いました。

おじいさんの息子は、シロを手渡すと
面倒な後片付けがひとつ終わったことに安堵して、
二度と振り返ることなくセンターを後にしました。

シロはセンターの人に引かれて建物の中に入りました。
そこには知らない犬がたくさんいました。
でもシロは、怖いとは思いませんでした。
そばに人がいてくれることで、安心できたからです。

以前なら、飼い主が持ち込んだ犬は、翌日には殺処分されていました。
でも今は、出来る限り次の飼い主を見つけ、
処分せずに生かすことが法律で許されるようになりました。
ただ現実には、子犬や小型犬や純血種などに比べると
雑種の中型犬は、なかなか貰い手がみつかりません。
シロは、その雑種の中型犬でした。

シロは、とっても穏やかで人を信頼している子でした。
センターの人は、連れてきた息子という人間からは、
シロへの愛情を微塵も感じることはできませんでしたが、
父という人に可愛がられていたことは、容易に想像できました。

シロは、処分枠ではなく、譲渡枠に残ることができました。

センターの人たちは、捨てられる子や保護される子が多くて
手が回らない忙しさの中、一生懸命シロたちのお世話をしてくれました。
おじいさんに会えなくて寂しくて仕方ないシロですが、
センターの人、時々やってくるボランティアの人たち、
シロたちに関わってくれる人たちが、みんなみんな優しいので、
その人たちといられる時間はとても楽しく感じられました。

秋にセンターに連れてこられたシロですが、
冬になってもまだ、シロが欲しいと言ってくれる人と出会えずにいました。

そんなある日、ガリガリだけど元気だったシロが急に倒れてしまいました。
それから数日して、みるみる腹水が溜まるようになりました。

シロは重度のフィラリア症にかかっていました。
食べても食べても太れないのも、そのせいだったのです。

おじいさんはシロのことが大好きで、いつだって可愛がってくれました。
シロのご飯はお店で買ってくるドライフードでしたが、
畑や縁側でなにか食べる時、
シロと目が合えばなんでも食べさせてくれました。
ホントは犬には良くない物でも、あげれば喜ぶシロの顔を見ると、
ついついあげたくなるおじいさんでした。
夜の間は庭につなぎましたが、
おじいさんが起きている時はいつでも放してあげました。
お散歩には行かなかったけど、
広い畑を好きなように歩きまわったシロでした。

でもおじいさんは、
シロを獣医さんに連れて行ったことはありませんでした。
犬と暮らすならしなくてはいけない狂犬病予防接種と登録も
していませんでした。
獣医さんに行ったことがないのですから、
各種予防接種もフィラリア予防ももちろんしてくれたことはありません。
シロは運よく、パルボにもジステンバーにもかからず、
車に轢かれることもありませんでした。
でもフィラリアには感染してしまいました。

そのことに、おじいさんもシロもまったく気づきませんでした。

もうダメかもしれない・・・。
年末年始、センターも人手が薄くなる中、
ここにいては年を越せないかもしれないからと、
急遽、シロは愛護センターを出ることになりました。

でも、シロを飼いたいと言う人に出会えたわけではありません。
シロを家族に迎えたいと言ってくれる人が現れるまで、
ボランティアの人が預かってくれることになっただけでした。

その頃は、ちょっと歩くだけで、ハァハァと息があがっちゃったり、
急に倒れちゃったりと、とても元気とはいえない状態でした。
お腹の水も、あっと言う間にたまるので、毎週、毎週、
おなかに針を刺してお水を抜いてもらわなくてはなりませんでした。

あの日、死んでしまったシロのおじいさんは、
あれからこっち、シロに申し訳ないことをしたとずっと思っていました。

まさか息子たちが、シロを捨ててしまうだなんて、
考えてもみませんでした。
それよりなにより、シロを残して先に行くだなんて、
想像したこともありませんでした。

シロが病気だったことも、
お空の上から見るまで知りませんでした・・・。

 シロや、シロ、シロ。悪かったな。
 じいちゃん、おまえに悪い事したな。

 じいちゃん、じいちゃん、どこにいるの?会いたいよ。
 
 じいちゃん、死んだんだ。先に死ぬとは思ってなかったんだ。

 じいちゃん、じいちゃん、会いたいよ。

 じいちゃん、おまえのことちゃんと考えてやらなくてごめんな。

 じいちゃん、じいちゃん、シロはじいちゃんに会いたいよ。

 シロや、シロ、シロ。じいちゃんも会いたいよ。
 シロのこと、ちゃんとしてやらなくてごめんな。

シロを預かった人は、穏やかで優しいシロのことが
あっと言う間に好きにまりました。
ボランティア団体には、たくさんの優しい人たちからの寄付が届きます。
そのおかげで、もうダメかも・・と思われていたシロは、
獣医さんに連れて行ってもらえ、少し元気になれました。

少し歩いただけでハァハァしてたのに、
ちょっとのお散歩では物足りないくらい元気になりました。
急に倒れちゃうことがあったのに、それもすっかりなくなりました。

だからと言って、フィラリア症が良くなった訳ではありません。
腹水が溜まり続けるシロの体は、やっぱりギリギリの状態のままでした。

このままでは、長くはもたないかも・・・。
そんな中、シロは手術をすることになりました。
少しでも今より良くなるための手術です。
正真正銘、命がけの手術ですが、新しくシロを預かった人は
一縷の望みを託し手術することを決めました。

そして手術に向かったシロでしたが、
シロの体はもう手術できる状態ではありませんでした。
一度開いた胸でしたが、何もできずにまた閉じられました。

麻酔から、無事覚めることのできたシロでした。
翌日には、ご飯もペロリと食べました。
お見舞いに来てくれた新しくシロを預かってくれた人にも会えました。
でもその時、実はシロはその人にお礼とお別れをいっていたのでした。

(短い間だったけど、いろいろしてくれてありがとう。
 ホントはシロだけど、照はそろそろ逝くことにしました。)

麻酔から目を覚ますことなく逝くこともできたろうけど、
優しいシロは、短い間だったのにお世話になった人に
ちゃんとご挨拶してから逝きました。
それは明日退院という日の前日の朝のことでした。
朝ご飯を食べて、満足して、ひと眠りしてたら、
シロのじいちゃんがお迎えに来てくれました。

そして、シロはじいちゃんと一緒にいっちゃいました。

シロは、5歳から8歳くらいかなとセンターの人に言われてました。
預かっていた人は、これから長生きして欲しいと、
生きている時は5歳と思うことにしてました。
でも死んじゃった時、少しでも長く生きたと思いたくて、
8歳で逝ってしまったと思うことにしました。

でもシロは、ホントは6歳でした。
たったの、たったの、6歳でした。

入院中のシロにおじいさんは言いました。

 シロや、シロ、シロ。おまえには悪い事したな。
 じいちゃんがちゃんとしてやれば、
 病気になんてならなかったのに。
 痛い思いさせてごめんな。
 苦しい思いさせてごめんな。
 じいちゃんがちゃんとしていれば、
 捨てられることなんてなかったのに。
 先のこと考えてやらなくてごめんな。
 寂しい思いさせて悪かったな。

シロは言いました。

 じいちゃん、じいちゃん、
 シロはじいちゃんが大好きなだけだ。
 だからずっと一緒にいたかっただけだ。
 だから謝らなくていいよ。
 じいちゃんに可愛がられて嬉しいんだ。
 じいちゃんのそばにいられて嬉しいんだ。
 だからじいちゃん、謝らないで。

 なあシロや、シロ、シロ。 
 もうそろそろ、こっちに来ないか。
 ばあちゃんにも会わせたい。
 じいちゃんもどうにも寂しくていけないよ。

 じいちゃん、シロはじいちゃんに会いたいよ。
 だからいくよ。迎えに来てよ。

おじいさんは、新しいお家にシロが戻る前に
シロを迎えにきました。

 シロや、シロ、シロ。悪かったな。
 また一緒に暮らそうな。

 じいちゃん。じいちゃん。じいちゃん。

 シロや、シロ、シロ。

 じいちゃん。じいちゃん。じいちゃん・・・。

【終】



ホントのことは、わかりません。
でも照の一生のほとんどが、愛に満ちた時間であってくれたなら、
どんなにいいだろうと思います。
照が命を懸けて教えてくれたことが、誰かに届き、
予防できる病気で命を落とすような子がいなくなり、
最後まで家族といられる子が増えますように・・・。

まじめな話

【12月4日追記】
 根(こん)、湘南地区でのいぬ親会参加してきました~。
 お世話くださった皆様、会場まで会いに来てくださった
 元預かりっ子ご家族様、ありがとうございました!
 根の本当のご家族様には会えませんでしたが、
 てんこ盛りの応援団に、またまた励まされた嬉しい日でした。
 八王子や今日の様子などなど、12月7日以降にご報告いたしま~す。

*****     *****     *****


パブリックコメント第二弾の締め切りが近づいてきました。
八王子でのいぬ親会の思い出や、根(こん)の獣医さん通いのご報告や、
日々の出来事やと、載せたいお話やお写真はたくさんありますが、
でもやっぱりパブコメのことが今一番きになっているチビスケ母です。

もう数年前になりますが、一度だけ
千葉の富里にある愛護センターに行ったことがあります。

自分勝手甚だしい話ですが、チビスケ母は千葉県がボランティア団体にワンニャンの引き出しを認めたとき、自分はできるだけたくさんの子を預かるけど、絶対にセンターには行かないと決めていました。

行ったらどの子もどの子も助けたくなるに決まってる。
でもすべての子を引き出すなんてどう考えても無理に決まってる。
そして、命の選択という辛い作業を他のメンバーに押し付けていました。

どうしても人手が足りず、チビスケんちに来る子をセンターまで迎えに行くことになったときも、収容施設に入るつもりはまったくありませんでした。
でもセンターに着くとそのまま中に案内され、
当たり前のように収容施設の見学という流れになりました。

施設に入ることになったとき、絶対に、絶対に、泣いてはいけないと思いました。
センターで働く人がどれほど辛い選択を課されているかと思うと、
一人でセンチメンタルになることはあまりにも失礼だと思ったからです。

職員の方の説明を無表情で聞き、命の期限が迫った子達を淡々と見つめました。
なにも考えない。なにも感じない。
今はなにも見ていないんだと思い込みながら。

それでも最終日の部屋の先の処分機を見たとき、
どうしてもどうしても堪えきれず涙が溢れてしまいました。
泣き顔を見せてはいけないと、処分機を見る振りをして
職員さんにずっと背を向けていました。



最終日の部屋に、前足が湾曲しヨダレを垂らした成犬がいました。
明日処分されてしまうその子を見たとき、反射的に受け入れたいと思いました。

でもその日に4ワンズを引き出すことになっていたこと。
ヨダレの持つ意味が恐怖からなのか病気からなのかわからなかったこと。
もし病気だとしたら、引き出した子犬たちの健康を守れるか不安だったこと。
性格もわからない成犬を引き出して、広くもないチビスケんちで
本当に預かれるのだろうかと思ってしまったこと。

そんな不安要素ばかりが頭に浮かび、
その子に手を差し伸べることを諦めたチビスケ母です。

すべての子は救えない。
ならば、出会った子だけでも見捨てない自分になりたい。
そう思い続けていたのに、なにもしないまま諦めた自分がいました。

チビスケ母がどんなに謝ろうと泣こうと後悔しようと、
その子を救うチャンスはもう二度とありません。
泣いて泣いて泣いて、謝って謝って謝って・・・。

すべての子を救う財力のないことが、
情けなくて悔しくて・・・。
世の中を変える知力やバイタリティーのないことが、
情けなくて悔しくて・・・。
自分の弱さ狡さが、情けなくて悔しくて・・・。

胸のあたりがザクザク痛くて。
自分の不甲斐なさが、情けなくて悔しくて・・・。

そしてその子に誓いました。
出来ないことはたくさんある。
でも、もう二度と諦めることだけはしないからって。

自分の内に巣食う弱さ狡さは、自分で叩きなおさなくちゃって思います。
でも自分の外側のこと。
世の中を変えるとか、すべての子を保護することの難しさに地団駄踏む日々でした。

パブリックコメントのことを知ったとき、
一人ではどうにもならないと地団駄踏んでたあれやこれやに、
地団駄踏まずに済む日が来るかもしれないと思いました。

第一弾の時、一人一人の小さな思いが集結して、
大きな意見を国に届けることができました。

第二弾は、さらに命に直結した意見を述べるチャンスに恵まれた内容ですが、
正直、なにをどう伝えたらいいのか思わず躊躇してしまう難しさを感じました。

でも今ここで諦めたら、あの子を見捨てた日の自分と同じ自分になってしまいます。
始める前に見捨てた狡い自分に。

だからなにがなんでもパブコメ書くぞ~と思いました。

そして、どう書いたらいいか悩んでいたら、カプアンパパさんが意見が届けやすくなるようにと記入用紙を作成してくださいました。(→「こちら!」 にあります。)

日本が命に優しい国になるといいな~と思っていても、
思っているだけでは、伝わらないですものね。
日頃、ズボラで面倒くさがり極まりないチビスケ母ですが、
命に直結する意見を伝えられる願ってもないチャンス。
前回に引き続き、真剣に真剣にパブコメ書こうと思います。

プリンターのない方、PCが苦手な方もいらっしゃると思います。
でも記入用紙を見ることだけでもできるなら、
伝えたい項目のひとつふたつだけ手書きで伝えたっていいですものね。

締め切りは12月7日。(必着です)
今度の日曜の湘南地区いぬ親会の会場でも記入用紙をご用意いたします。
(会場詳細は → 「こちら!」
会場にお越しいただける皆様、ぜひパブコメコーナーにお立ち寄りください。



チビスケ母が見捨てた子です。
IMG_7781a_convert_20111203015235.jpg
ごめんね。
あなたを見捨てたこと、本当にごめんね。

あれから3年半近くになりますね。
あなたを見捨てた私は、二度と諦めない自分になれたでしょうか・・・。

まじめな話

パブリックコメントの提出日期限、27日がもうすぐそこまで迫ってきました。
FAXやメールでの送信なら、まだ数日あるかもしれませんが、
郵送で送ろうと思っている場合、もうそろそろポストに入れなければという時期です。

提出してみようと思いながらも、なんとなく時間に追われ、
あちこち調べることができずにいる方も多いかと思います。
でも、ズボラなチビスケ母でも郵送までの道のりはとっても簡単でした。

「犬や猫たちの代わりに国へ声を!」 ←を左クリック!
2.そして、そのページの一番下へ。
3.PDFファイル形式とか、WORDファイル形式 と書いてある
  どちらかを左クリック
  チビスケ母は、一度に印刷できるWORDファイルを選びました。
4.そして印刷
5.住所氏名など記入し、項目ごとにチェックを入れます。
6.用紙を封筒に入れ封をし切手を貼りポストに投函!


以上で完了です。

用紙には、理由や意見を記入できるスペースがあります。
このスペースを見ると、どう書くべきか不安になるかもしれません。
でも、項目ごとのチェックをするだけでOKです。
理由や意見を書くスペースは、書きたいことがある時にお使いください。

当然、動物販売業界は法案が厳しいものにならないよう
組織だって動くことでしょう。
それに反して、多くの人はパブリックコメントの
存在すら知らないのではないかと思います。

なので前回の5年前、“幼齢犬猫販売問題は8週齢以上”に決まると思われていたにも関わらず、
【 反対約9,500 対 賛成約200 】
と大差をつけられ法案化が見送られてしまったのだと思います。

パブリックコメントの存在を知った以上、理不尽な扱いをされているワンニャンの存在を知りながら、ただ泣くだけの自分ではいけないと思いました。
もの言えぬ子たちに代わって、意見を届けなければいけないと思いました。



2007年9月。
ブリーダー崩壊に伴い、チビスケんちにシェルティーがやってきました。
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好(この)と名づけた女の子に出会ったとき感じたのは、
「遠い目をした子だな・・・。」ということでした。

好(この)は今、あんこという可愛いお名前になり、
それはそれは幸せに暮らしています。
今日は、今はまん丸の幸せなあんこのこと、お話しようと思います。

チビスケんちに到着した日、あんこは一言も鳴きませんでした。
鳴くどころか座ることもせず、入れられたケージの中で、
まるで銅像のように立ちすくんでいました。
知らない場所や人に対する恐怖もなければ、不安も感じられません。
それと同時に、楽しさも嬉しさも・・・、
感情というものが微塵も感じられませんでした。

あんこの首から下の毛がないのは、丸刈りにするしかないほど
毛が絡み汚れ固まっていたからです。
糞尿にまみれたその体は、耐え難いほどの異臭を放ち、
汚れた毛は、まるでヘルメットのごとくコチコチに固まっていました。

そんな暮らしが、なにも求めずなにも期待しない心を作り上げたのだと思いました。

ドッグランに行きました。
IMG_4197_convert_20110823222822.jpg
当時の預かりっ子の覚(かく)や寛(ゆた)、
そしてチビスケんちのワンズが楽しそうにカッ飛びます。

そんな中、自分の世界の限界をはるかに超えた広さに戸惑うあんこです。
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そして、なにも起こらないとわかったら、動かなくなりました。
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何年も何年も、なにも期待しない暮らしが続いたあんこは、
もう走ることはないのでしょうか・・・。

いえ、けしてそんなことはありません。
あんこは、チビスケんちに来た次の日から、どんどんどんどん変わって行きました。
他のワンコの匂いをかいで見たり、
他のワンコの後をついて行ってみたり、
そしてそう間をおかず、運動会しているチビッコチームに参加してみたり・・・。

しばらくして、またランに行きました。
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そしたら、あんこ、走るんです。
まだ楽しいとかそうゆう感じじゃなかったけど、
みんなに着いていこうと、走るんです。

でも・・・、
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カケッコ遅いから、いつもみんなと反対方向に走るんです。
ここのラン、細長いのでまっすぐ思いっきり走れます。
なので走ってるみんなを追いかけても、端っこまで行ったみんなが戻ってきちゃう。
そんなみんなをまた追いかけても、
あんこがみんなに追いつく前にまたみんなが戻ってきちゃう。
なのであんこは、いつも反対向きに走ることになっちゃうんです。

それでもあんこは走ります。
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諦めないで走ります。
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歩いてるって言ったほうがぴったりかもしれないけど、
あんこは、トコトコトコトコみんなと一緒に走ります。

伴(ばん)が父さんにいい子いい子してもらってます。
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あんこもして・・・と父さんに言います。
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あんこ、父さんに、いい子いい子してもらいます。
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人に求めるあんこがいます。

覚(かく)と寛(ゆた)と遊びます。
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銅像のような女の子は、もういません。

何度目かのラン、覚(かく)と一緒に走るあんこです。
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みんなの中に飛び込んでいくあんこです。
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あんこのシッポ、ピンと上向き・・・。

まだまだカケッコは遅いけど、みんなと一緒に走るあんこです。
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寛(ゆた)と寄り添うあんこです。
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ただ眠るのではなく、誰かと寄り添いながら眠る安らぎを知りました。

そして12月、あんこは本当のご家族と出会い、本当のお家に巣立って行きました。
その日からあんこには、自分を愛しくれる家族ができました。
生まれてから数年経って、やっとあんこのまん丸のまん丸の幸せが始まりました。



数ヵ月後、あんこに会いました。
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あんこの毛が、風にたなびいてます・・・。
シェルティー本来の姿です。

そして、みんなに混ざって楽しそうに遊ぶあんこがいます。
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風に舞う砂埃をものともせず、みんなと一緒に走るあんこがいます。
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2007年9月のシッポの下がったこの子と、
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それから半年もたたない日のこの子は、
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同じ子です。

何年も何年も虐げられてきたのに、
あんこはあっという間に本来の活発さと陽気さを取り戻しました。

今も、狭いケージでヘルメットのように固まった毛をまとったまま死んで行く子がたくさんいます。
お散歩もさせてもらえず、子供を生み続けるだけの暮らしで生涯を終える子がたくさんいます。

あんこを見ると思います。
今からでも間に合うと・・・。
そして、今動かなければ間に合わない子がいると・・・。

だからこそ、パブリックコメントを届けなければいけないと思います。
この記事が少しでもどなたかの目に留まればと、
26日までブログをお休みし一番最初においておきたいと思います。

長々と「まじめな話」にお付き合いくださり、ありがとうございました。

センターレポートのこと・・・。

ちばわんで、一時預かりのボランティアをしていながら、
長いこと、なかなか愛護センターレポートを見ることができませんでした。

愛護センターでなにが起きているのか、見なくてもわかっていると思っていました。
知ってる自分が見ても辛いだけだから・・・と、ずっと避けてきました。

でも最近は、必ず見るようになりました。
預かりっ子たちがセンターから来ることが多く、
どんな様子で暮らしていたのかを知りたいということもあります。
それと共に、まだ引き取り予定がない子などの情報を載せるようになったことで、
レポートを見た方が、問い合わせをしてくださるようになったからです。
つまり、少しでも生きるチャンスを増やすための役割を担うようになったと感じたからです。

チビスケんちでは、ブログの右サイドにセンターレポートのバナーを貼っているだけですが、レポートが更新されるたびに、そのことをブログで伝えている預かりもいます。

今日、センターレポートの話題に触れたのは、今、最終の部屋にいる子たちに、
生きるチャンスがまだ残されているからです。
もしどなたかが、気になる子がいるからと、月曜の3時までにちばわんに預かりたいとか、うちの子にしたいとご連絡くだされば、生きることができるからです。

もちろん、最終日の部屋の子だけの命が危ういのではありません。
センターに入り、家族が迎えに来なければ、預かりに空きがなければ、譲渡枠に残れなければ・・・、生きられません。

でも、もしひとつでも手が差し伸べられれば、命がひとつ、救われます。

今、掲載されているセンターレポートの1枚目の写真の子、
元預りっ子の心愛(ここあ)に似ています。

まん丸の幸せをつかんだ心愛は、ブログの中でキラキラ輝いています。
ご家族に愛され、毎日、楽しく幸せに暮らしています。

心愛も、去年の6月24日まで、センターにいた子です。

生きるチャンスがあったから、今の幸せな心愛がいます。
月曜に、もしかしたら生きることが許されなくなるかもしれない心愛にそっくりな子と、心愛との違いが、私にはわかりません。

できることなら、毎日、毎日、最終日の部屋の子を全部、我が家で保護したい・・・。
でも、それは今の自分の住環境、経済力では、とても叶わぬ望みです。

だからこそ、いつか殺処分0になる日が来ることを願って、今できることをしていきたいと思います。

そして、今日できること・・・。
センターレポートを見てくださいとお願いすること。

愛護センターレポートの役割が、生きるチャンスをつなぐことに変わってきたことを、お知らせすることで、今まで辛くて見ることができないと避けていらした方が、
勇気を出して見てくださるかもしれない・・・と思いました。

それでも明日は、救えないかもしれない。
でも、見続けることで、救える日が来るかもしれない。
そう思います。

どうか、力を貸してください・・・。



今日のお写真、下半身不随ニャンコの凌(しの)と一緒にお水を飲む、
沢(さわ)です。
沢もセンター出身です。
生きるチャンスを与えられた、強運の持ち主です。
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お水入れ、隣にもあるのにな・・・。
一緒に飲むと美味しいのかな~。
リンク
探しています!
元預かりっ子の小梅が、2008年5月14日、千葉県習志野市新栄付近から迷子になってしまいました。
詳細及びポスターは→こちらです。ご協力、どうかよろしくお願いいたします。
ご家族募集中!
成犬・男子・随(まに)
脊椎損傷による下半身不随
成犬・女子・儘(まま)
右後ろ足先欠損
成犬・女子・楢(なら)
年齢10歳以上
フィラリア陽性
成犬・女子・埜々(のの)
軽度心臓肥大
鼠径ヘルニア
両膝蓋骨脱臼
子猫・女子・軽(かろ)
両目白濁及び左目結膜癒着
成猫・男子・兎々(とと)
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成犬・女子・歩(ある)
準備が整いしだい
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4月9日よりお試し生活中~♪
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4月23日よりお試し生活中~♪
成犬・女子・歌(うた)
ご家族さま決定しました!
5月7日よりお試し予定~♪
成犬・男子・照(てる)
願い叶わず、2016年3月17日
虹の橋へと旅立ちました。
ぜひご覧ください!
元預りっ子のブログ゙♪
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