守々(しゅしゅ)改めJuJu、脱走から保護までの経緯。

もう一カ月以上も前のことですが、守々(しゅしゅ)改めJuJuの
脱走から保護までの経緯、ご報告させていただきたいと思います。

JuJuは脱走したその日のうちに保護することができました。
1706IMG_5691.jpg

でもそれは、たくさんの幸運が重なったおかげでした。
その幸運のひとつでも欠けていたら、
最悪の事態に陥っていたかもしれません。
今もまだ、JuJuに会えずにいたかもしれません。

迷子、脱走とは、それほど怖いものなのです。
そして迷子や脱走は、誰の身に起きても不思議ではないことです。
「うちの子は大丈夫!」
それは・・・、大きな大きな間違いだと思います。

長くなりますが、あの日の経緯、ご報告いたします。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

GW真っ只中だった5月5日の朝、JuJuのママから電話が入りました。
JuJuと培々(べべ)改めbebeをお届けしたのが4月16日。
なにか直接お聞きになりたいことでもあるのかな?
と気楽な気持ちで電話に出ました。

電話口から聞こえて来たママの声は、緊迫したものでした。
そして、速足で歩きながらかけているということがわかりました。

その瞬間、いろんな悪い想像が一気に頭の中を駆け巡りました。
具合悪い?
怪我した?
事故に遭った?
死んじゃった?

ママは言いました。
「JuJuが逃げました。」

良かった。死んでない・・・。

JuJuがお家を飛び出してしまったことの先には、
最悪の事態が起こりうる可能性があったことはわかっています。
でも、生きている可能性があることに、正直、ホッとした自分がいました。

朝の7時半、お出かけ前のママは
JuJuがテラスにいることを確認しています。
その数分後、お嬢さんもJuJuを見ています。
そして7時50分頃、テラスにはJuJuの姿がなく、
いなくなったことに気付いたそうです。

お嬢さんは大急ぎで外に出て、ひとりでJuJuを探しました。
8時頃に近所の公園で目撃されたという情報はあったものの、
JuJuを見つけることはできませんでした。

お嬢さんがママに連絡し、
ママからチビスケ母に連絡が入ったのが9時半頃でした。

JuJuのお家は、空いていればチビスケんちから
車で20分か30分くらいの距離です。
でも運悪く、GW真っ盛り。
JuJuんちまでの道路は、普段でも渋滞しがちです。
1時間くらいはかかってしまうかもという日でした。

お電話を受けてからこっち気持ちばかりが焦りました。
とにかくちばわんに連絡しなければと思いました。
自分はすぐにでもJuJuんちに向かいたいので、
迷子ポスターの作成のお願いやメンバーへの連絡MLを頼みました。

電話しながらも、むやみに部屋の中を歩き回り、
電話の後も、なにから手をつければいいのか、優先順位がまとまりません。
あまりにも動転している自分を落ち着かせようと、
「落ち着いて。落ち着いて。落ち着いて・・・。」と、
呪文のように何度も何度も声にだして言い続けました。

その日は歌(うた)が、T's Hayamaさんで
シャンプーボラをしていただくことになっていました。
急いでT's Hayamaさんにキャンセルの電話を入れました。
実は、歌のシャンプーの予約がこの日に入っていたことが、
幸運だったことのひとつだったんです。

家を出ると言っても、大家族のチビスケんちの場合、
すぐには出ることができません。
とは言え家を出ることは特別なことではないのに、
それすらスムーズにできないほど、動揺していました。
バタバタ、バタバタ、無駄に部屋の中を駆けずり回るばかりです。

家を留守にするあたり、幸運だったことがありました。
それは、チビスケBIBIがデイサービスに行く日だったことです。
もしBIBIが家にいる日だったら、
駆けつけたくても駆けつけられなかったかもしれません。
駆けつけられたとしても、
とんぼ返りで家に戻らなくてはならなかったでしょう。
真夏かと思うほど暑い日でした。
BIBIを連れて行くわけにはいかない。そんな日でしたから。

そして実はJuJuが迷子になった日の数日前まで、 
チビスケんちのワンコのボスの笑(わら)が、
もうダメかもしれないと言うほど体調を崩していました。
やっと回復の兆しが見え始めた頃だったことも幸運でした。
もし危ない状態の時だったら、笑を置いて留守にして、
帰宅したとき万が一のことが起きていたら、
自分の気持ちを処理できないほどの
悲しみと後悔に襲われていたと思います。

家を出てすぐ、T's Hayamaさんから電話がありました。
お店のインスタグラムに載せてもいいですか?と。
藁にも縋る思いの中、本当に嬉しいお申し出でした。
ぜひぜひ、よろしくお願いいたしますと伝えました。

その後もメンバーが迷子捜索での注意点を教えてくれました。
捜索を始める目撃情報が得られたら、ついつい目撃場所に捜索が集中しがちだけど、二手に分かれて地元の捜索も続けた方が良いという助言でした。
この助言のおかげで、その後の展開に迷いなく突き進むことができたことも幸運だったんです。

海沿いの道に出たら、
その日のニュースにも出たほど海は赤潮で染まっていました。
ブログをしている人なら、
取り敢えずシャッターを切るような光景でした。
でも赤潮も捜索中も、写真一枚撮る事はありませんでした。

そのまま海沿いを行けば、きっと渋滞にはまる。
ヘッポコドライバーのチビスケ母ですが、
迷うことなく普段なら絶対通らない裏道を選びました。
細くてすれ違えないかもしれないとか、
下手っぴな運転で他の人に迷惑かけるかもしれないとか、
普段なら考えること、まったく考えず、
普段なら出さないスピードでひたすら前をみて走りました。

アドレナリン、出まくりだったのでしょう。
ものすごく強気なドライバーに変身していました。
ヘッポコドライバーが事故も起こさず、
無事、JuJuんちの駐車場に到着できたことも
幸運としか言いようがありません。

9時半に連絡を受けたのに、到着したのは11時頃。
なにもかもに手間取っていたのですね・・・。

駐車場に着くと同時に、元預かりっ子のママから連絡が入りました。
今、たまたま近くに来ています。なにか手伝えることありますか?って。
お願いしたいことはある。
でも、何をお願いしたいかがわからない・・・。

迷子捜索は、初めてではありません。
嬉しいことではないですが、何度か迷子捜索に参加したことがあります。
しなくてはいけないことの手順も、冷静な時であれば諳んじられるのに、
もしJuJuを見つけたら連れて帰るためのリードを鞄に入れただけで
家を飛び出したチビスケ母でした。

すぐにママと合流できました。
朝8時の情報以外、まったく目撃情報がないことがわかりました。
すでに迷子ポスターはカプアンパパさんが作ってくださっています。
ポスターができるまでの間は、やみくもに探すしかありません。
二手に分かれ、JuJuが隠れられそうな場所を探すことにしました。

この暑さだもの、きっと木陰に身を潜め、
暑さを凌いでいるはずだと思いました。

唯一の目撃情報のあった場所、近所の公園に向かいました。
そこでポスターを作ってくださっていたカプアンパパさんから、
完成したので内容確認してくださいと電話が入りました。

そして次々に電話やメールが入りました。
今から行きます。
足りないものあったら買っていきますよ。
午後ならお手伝いできます。
向かってます。
夜、動けます。
気付くの遅くてごめんなさい。今から出ます。

ありがたかったです。
本当にありがたかったです。
自分が身一つで捜索に向かえるのも、
バックアップしてくれるメンバーがいてくれるからでした。

家を出る前、チビスケ父とは連絡が取れませんでした。
留守電に、「JuJu、逃げた!」
叫ぶようにそれだけしか入れなかったように記憶しています。
そう長くはいられませんでしたが、それでも仕事の合間、
チビスケ父も駆けつけてくれました。

そんな中、ポスターが完成し、印刷作業に取り掛かることにしました。
その作業の間に、ちばわんメンバーも到着しはじめました。
メンバーに言いました。
今、頭真っ白!すごく動転してる!冷静じゃない!
なにしたらいいか判断できない!
それを聞いたメンバーは、チビスケ母の代わりに
その場を仕切ってくれました。

そしてインスタグラムにJuJuのことを載せてくださった
T's Hayamaさんからも連絡が入りました。
「うちのお客様が10時頃、葉山で目撃したと連絡ありました。」と・・・。

葉山で?
10時頃?

脱走したのが8時少し前。
ワンコの足なら、2時間で葉山まで行くことは可能かもしれないけど、
本当にJuJu?
確信が持てませんでした。

でも13時過ぎ、目撃した方と連絡が取れ、
お話を聞けば聞くほどJuJuにそっくりなワンコだとわかりました。

朝、二手に分かれるようアドバイスされたことを思い出しました。
「私、葉山にもどるから!」
どうやらかなりきっぱり言い放って、チビスケ母は
とっとと葉山に帰ってしまったようです。

その後、パパも帰宅されご家族総出でメンバーと一緒にポスター印刷、
そしてチラシ配りを開始してくださいました。
チビスケ母の方は、一刻も早く葉山にもどりポスターを貼らなくてはと
すでに帰路についていた頃です。
道中、ポスターを見たという方たちから、目撃情報が次々に入りました。
情報は午前中のものばかりでしたが、時系列に並べると
方角的にはやはり葉山に向かっているように思えました。

もし10時に葉山で目撃された白いワンコがJuJuだとしたら、
すでに14時過ぎ・・・。
葉山を通り越して三浦方面に移動しているかもしれない。
ポスター、三浦半島全域に配布することになるかも・・・。
そんなこと、思いました。

帰宅して大急ぎでポスターとチラシの印刷を始めました。
プリンターの調子が悪く、妙な横線がたくさん入ってしまいしたが、
迷子とわかればそれでいいと、ひたすら印刷しました。
仕事を片付けたチビスケ父も帰宅し、一緒に準備をしていたら、
ワンズが塗突然鳴きだしました。

JuJuがお家からチビスケんちまで戻ってこれるとは思いませんでしたが、
万が一戻ってきたらと、玄関先にお水を出しておきました。

もしかしたら・・・、そう思い家を飛び出しましたが
JuJuの姿はありませんでした。
お水を飲んだ形跡もありません・・・。

ちょうどお散歩から帰宅したお向かいさんに、
出来立てのポスターを渡しました。
預かりっ子が迷子になって、葉山で目撃情報があって・・・
と話していたら、お外で遊んでいたお隣のお嬢さんが、
「さっき、白い犬が走っていったよ。」と言いました。
指さす方向へいきなり走り出したとたん、
サンダル履きだったことに気付きUターン。
家にいるチビスケ父に
「JuJu、戻って来た!リード持って運動靴履いて探して~!」
と大声で叫びました。

二人して家を飛び出し、白い犬が走っていった方向に走りました。
でも、白い犬の姿はありません。
別々の方向を探そうと二手に分かれ、
道行く人に白い犬を見ませんでしたか?と聞いてまわりました。

チビスケんちのまわりは坂が多いです。
でも、小学校の運動会で全力疾走する時くらい走りました。
口から心臓が飛び出そうなくらい苦しかったけど、
そばにいるかもしれないと思うと、足を止めることができませんでした。
ハァハァハァハァ、呼吸ばかりが荒くなり、
思うように足があがらなくなっても、
それでも探し続けたいという気持ちを止めることはできませんでした。

少しして別々に探していたチビスケ父と出会いました。
どっちから来た?
じゃあ、こっちとあっちに分かれよう。
そしてまた坂道へ・・・。

もしかしたら、また家に戻っているかも?
そう思って大急ぎで戻りました。

JuJuは戻っていませんでした。
もう少しお話聞かせてもらおうと思ったお嬢さんは、
入れ違いにお出かけしてました・・・。

ああ・・・、どうしよう。
気持ちが萎えそうになっていたその時、
「パパが捕まえた~!」
と、近所のワン友のママが走って知らせに来てくれました。

ママの指さす方へ走りました。

チビスケ父に抱っこされてるJuJuが見えました。
「守々~~~。」
泣きながらJuJuのこと、守々と呼びながら走っていました。

会えた。
会えた。
守々に会えた・・・。

無事だった。
車でほんの数回通ったことはあったけど、
歩いたことない道を帰って来た・・・。

偉いね。
偉いね。
偉いね。

怪我もせず、無事でいてくれたことが嬉しかった。
もう一度、会えたことが、とてつもなく嬉しかった。

二度と離れないようチビスケ父にガッシリと抱きしめられたまま、
JuJuはチビスケんちに入っていきました。

大急ぎでJuJuの無事を願い捜索しているご家族やメンバー、
葉山での貴重な情報を教えてくださった方、
インスタグラムに載せてくださったT's Hayamaさん、
そして駆けつけようとしてくれてるメンバーや
JuJuの無事を願ってくださった方たちに、無事保護の連絡をしました。

JuJuは当たり前のようにチビスケんちのリビングに入り、
最初こそみんなにクンクン嗅がれたけど、
さすがに疲れたのかご飯をたらふく食べた後、あっという間に夢の中へ・・・。

JuJu、何度か遊んだ近所のミニミニドッグランの入り口にいました。
1706DSCN7899.jpg

走り回っている時、もしかしたらとミニミニを覗いてはみましたが、
ちんまいチビスケ母にはJuJuの姿は見えませんでした。
チビスケ父ももしかしたらと覗いてみたら、
草むらからピョコンと飛び出たふたつの白い耳が見えたそうです。
近づいても逃げる素振りもなく、なんなく抱っこされたJuJuでした。

海沿いの道は空いていればスピードを出して走る車も多いです。
GWで渋滞していたことも幸運でした。
JuJuに並外れた帰巣本能があったことも、幸運でした。
迷子と聞いて、駆けつけてくれるメンバーがいたことも幸運でした。
目撃情報が寄せられたことも幸運でした。
そんな数えきれない幸運が重なって、
JuJuは無事な姿で保護されることができました。

ご家族さまは、すぐにでも迎えに行きますとおっしゃいました。
でも・・・チビスケ母はそのお申し出にいいですよと
答えることはできませんでした。

JuJuとbebeをお届けした日、
以前、一緒に暮らしていた大型ワンコさんは出られなくても、
JuJuやbebeなら簡単に出られそうなテラスだと思いました。
しっかりとした脱走対策をされるまで、
テラスでフリーにしないでくださいねとお願いしました。
脱走したと聞いてお家に駆けつけた時、
テラスにはしっかり脱走対策がなされていました。
でも、ご家族さまが万全と思われた対策は、
預かりの目からみると万全とはまでは言えない対策でした。

テラスの対策をこの目で確かめるまで、
テラスフリーはNGですと伝えなかったチビスケ母の落ち度です。
JuJuの脱走で大勢の方にGWのさなか時間を割かせてしまいました。

そしてなによりも、テラスの対策が完璧でないままJuJuを戻したら、
今度こそ取返しのつかないことが起きるかもしれません。

JuJuはこちらに残し、明日、チビスケ母だけ伺います。
そして、万全と思える脱走対策を一緒に考えさせてください
とお願いしました。

6日の土曜日お家にお邪魔すると、ご家族揃って待っててくださいました。
パパと一緒にテラスに出て、檻ですか?
と言われそうなくらいの対策を考えました。
ママは、一目JuJuに会いたいと言いました。
その目からは、ポロポロポロポロ涙が零れ落ちました。

ママの気持ちは痛いほどわかります。
もしママの立場に自分がたったら、死ぬほど辛いと思います。
チビスケ母は自分のこと鬼のようだ・・・と思いました。
それでも首を縦に触れなかったのは、
なによりもなによりもJuJuとbebeの安全のため。
そしてそれがご家族さまの幸せにつながると確信しているからです。

そしてまた、大勢の人に時間や心を使わせることになった
ご家族さまとチビスケんちの責任でもあると思ったからでした。

フェンスの製作は、一週間もあればできるとパパはおっしゃいました。
JuJu、来週末には帰れるね・・・と思いました。
でもその日の夕方、ママから「完成しました!」と写真が届きました。
ママだけでなく、パパもお嬢さんも、JuJuに早く帰ってきてもらいたい
というお気持ちなのだということが伝わってきました。

それなのにタイミングの悪いことに、夕方からではチビスケ母が動けず、
翌日曜には先約があり、月曜までフェンスの確認に行かれませんでした。

月曜日、フェンスの確認に行きました。
土曜日にお願いした通り、180㎝の高さのフェンスには、
忍び返しを家側に張り巡らせてくださっていました。
これなら大丈夫。
そう思える対策がしっかり成されていました。

そしてその後、今度はJuJuと二人でJuJuんちに向かいました。
1706DSCN8292.jpg

車から降りたJuJuは、お散歩と勘違いして
お家とは別の方向へ行こうとします。
こっちだよ。と促すと、あっそっか~とご機嫌で歩きだしました。

今か今かと到着を待ちわびていたママはJuJuを見て、
「JuJu、お帰り~。楽しかった~?」
と優しい笑顔で迎えてくれました。

実は脱走騒動の時、チビスケ母はママに言いました。
JuJuが戻って来た時、決して怒らないでくださいねって。
脱走して戻って来た時叱られたら、二度とあってはいけないことだけど、
もしまた脱走するようなことがあった時、
帰ると怒られちゃうからな~って思って帰りにくくなっちゃいますからと。
でもそれは、脱走騒動のさなかのことで、
あれから数日たった月曜には、言った本人も忘れていたことでした。

ママに笑顔で迎えられたJuJuは、嬉しそうにママの元へ走り寄り、
当たり前のお顔してお部屋に入って行きました。
そして数日ぶりに再会した愛娘のbebeと
嬉しそうに取っ組み合いして遊びだしました。
1706DSCN8303.jpg

そんな親子の姿を、終始笑顔で見守るママ。

良かった・・・。
最高のハッピーエンドだ・・・。
心から、そう思えた光景でした。

でもね・・・、チビスケ母がそれでは失礼しますとドアを閉めた瞬間、
お家の中から聞こえちゃいました。
「JuJu~~~。」って言う、ママの大きな声。
チビスケ母の前では、我慢してたんだな~。
ずっとずっと、抱きしめたかったんだな~って。

なんか、すっごく素敵な映画観てるみたいな気がしました。
でもそれは、ただただ結果がハッピーエンドだったからこそです。
たくさんのたくさんの幸運が重なったからこそなんです。

JuJuの脱走では、本当の多くの方に助けていただきました。
そしてまた、チビスケ母の知らないところで、
いろいろな形で助けてくださった方もたくさんいらっしゃると思います。
本当にありがとうございます。

6月4日の湘南いぬ親会には、ご家族みんなして
JuJuとbebeを連れ会場にお越しくださいました。
1706DSCN8768.jpg

1706DSCN8770.jpg

お嬢さんは、朝からお菓子を手作りし、
手伝ってくれたメンバーにお礼をされていました。

トライアル中に脱走させてしまったことで、
トライアル中止になるのではと思った人も多かったです。
脱走させてしまった原因は、まさかここから出るとは思わなかった
というような場所から、JuJuが楽々出ていけてしまったということでした。
そこにはひとかけらの悪意もありません。
だから、脱走対策がしっかり成されれば、
トライアル中止にする理由はなにもありませんでした。
そしてJuJuがいなくなった時のご家族さまの姿を見て、
二度と同じことを起こさないために努力してくださることは、
容易に想像できました。

それでも、迷子、脱走は起こります。
それは即、最悪の事態にもなり得ます。

今回のことで、チビスケ母はもっともっと鬼になろうと思いました。
ママがJuJuに会いたいと言った時、それを許さなかった自分を
鬼のようだな・・・と思いました。
でも今は、そんな鬼にならなくて済むよう、
お届けの前、お届けの時、もっともっと鬼になって、
安全対策のお手伝いをしなくてはいけないと思いました。

それがご家族さまとワンニャンの幸せにつながること、
身に染みて経験しましたから・・・。

この子を捨てようとか、もういらないと思っている人間以外、
誰も脱走させたり迷子にさせたりしたいと思ったりしませんよね。
よく逃げちゃうけど、すぐ帰ってくるからと思っている人は、
間違いなく、甘い!と思います。
今回は帰って来たけど、次は帰って来れなくなることが、
当たり前にあるんだということを
もっともっと真剣に考えなくてはいけないと思います。

後から聞いた話ですが、JuJuはセンターラインの上を
フラフラと歩いていたそうです。
渋滞しているな~と思ったら、
白い犬を車が避けて走っていたからだったと。

JuJuがご家族のお家からチビスケんちに戻って来たことを、
すごいと思うことは大間違いです。
JuJuはたまたま無事にチビスケんちまで戻りましたが、
犬には帰巣本能があるから大丈夫だなんて、
あまりにも楽観的過ぎな考えです。

JuJuは迷うことなく戻って来たわけではありません。
あっちにフラフラ、こっちにフラフラと、
通ったことのない道も歩いていたようです。

角を曲がった瞬間に走って来た車にぶつかってしまうとか、
観光客に捨て犬と思われ、遠くに連れ帰られてしまったかもしれません。

JuJuが無事だったということは、
たまたま・・・、たまたま・・・、運が良かっただけだと思います。

お家の子を守れるのは家族だけ。
どうか皆さま、そのことを今一度お考えください。
目を離した隙に出ていける場所はないか。
毎日使っているリードやハーネスや首輪に痛みはないか。
つけている迷子札の文字はしっかり読み取れるか。
シャンプーの時や、首輪を外した状態で、
窓やドアを開けてしまうようなことはないか。
また、ドアや窓の閉め忘れはないか。

そんなこと、日々の暮らしの中で忘れがちですが、
今一度、確認していただければと思います。

JuJuに再び会えた時、本当に嬉しかったです。



でも、清(さや)には・・・二度と会うことはできません。

旧預かり日記の2月8日に載せた「清(さや)のこと」 
よろしかったらご覧ください。
また、チビスケ母の清(さや)への思いも綴りました。
「清(さや)との思い出」です。

清には、どんなにどんなに会いたくても、
二度と会うことはできません。
それが、迷子、脱走の先にある現実なんです。
スポンサーサイト

沁みる言葉・・・。

「和(にき)のこと」を綴ったブログ、和のママも見てくれました。
ママから、メールが届きました。

*****   *****   *****


仔犬は、とても可愛いですね。
ニキも可愛かった~。

でも本当に心が通じ合うのは、大人になってからですね。
仔犬の頃の、無敵の可愛さは無くなるかもしれませんが、
大きくなるに従い、存在が大きくなるというか、
掛け買いのない大事なものになる気がします。

最後のニキの大きな写真。
キラキラの瞳の先には私がいます。
カメラマンの横で、必死でニキにポーズを取らせていました。
こんなキラキラした目で見られると、嘘はつけないし、
今まで以上に、正直に真面目に生きなくてはと思いました。

私にとって、掛け買いのない大切な大切な存在でした。

*****   *****   *****

そして最後に、和と元預かりに感謝の言葉が添えられていました。

子犬時代の和は、本当に可愛かった・・・。
それはもう、両手放しの文句なしの可愛さでした。
もちろん、チビスケんちの子になった子犬時代から知っている、
和のキョウダイの伴(ばん)も同じです。

ママの言う通り。
チビスケ母もそう思います。

共に暮らしていく中で、その存在が
どんどん、どんどん、大切になっていきます。

可愛い可愛い子犬時代を過ぎ、大人になったらなんだかつまらなくなって、
お外につながれちゃう子もたくさんいます。
お家の中でワンコと暮らすと、人間だけで暮らしている時には
考えられないような事件もてんこ盛り起こります。
そんなこんなが鬱陶しくなり、お外に出されちゃう子もいます。

でも、イタズラっ子時代を乗り越えて、
家族としてお家の中でワンコと暮らす人たちは、
ワンコをお外につないでいる人たちには知ることのできない、
とてつもなく細やかで優しく
心の支えとさえなりうる存在とのキラキラな日々を、
経験することができると思います。

ワンコは群れで暮らす生き物です。
家族と離れ、番犬にされるために生まれてくるわけではありません。
お散歩はワンコもワンコと暮らす人も楽しいけど、
自分の健康維持のために使う、お外に置きっぱなしにしておく、
健康グッズでもありません。
ワンコだって、夏は暑いし冬は寒いです。

お家の中で、ワンコと暮らすと、
おトイレを覚えるまではお漏らしもしちゃうでしょう。
嚙んではいけないものも噛み、
いろんなものを壊してしまうかもしれません。
毛も抜けるし、体調を崩せば自分たちがご飯を食べている時であっても、
ゲ~とかピ~とか、しちゃうこともあります。

でもチビスケ母も赤ちゃんの時はお漏らししたし、イタズラしたし、
してはいけないことも知らないうちはた~くさんしました。
だから、誰だって同じなんだな~と思います。

ひとつ屋根の下で一緒に暮らすと
てんこ盛りの大変なことが起こるかもだけど、
ひとつ屋根の下で一緒に暮らすと、
そりゃもうべらぼうに幸せになれるのは、
ワンコだけでないんだなな~と思います。

この子を幸せにしてあげようと思い受け入れた人の多くが、
この子に幸せにしてもらったと言います。

ワンコだって、誰かのそばでずっと愛されていたいです。

どの子もどの子も、和のように、掛け替えのない存在であってほしい。
ママからのメールで、そのこと改めて強く思いました。

べらぼうな幸せを運んでくれる子を、お外につなぎっぱなしにしてるって、
ものすごくもったいないと思います・・・。

ママが言ってたキラキラの目の和のお写真、
もう一度、載せたいと思います。

和1611181724an

この視線の先にいられたママは、世界一の幸せ者です!

「シロや、シロ、シロ。」

照(てる)が逝ってから、半月以上が経ちました。
逝ってしまった照には、もうなにもしてあげらません。

でももしかしたら、照だからこそできることを
手伝えるかもしれないと思い「お話」を作りました。
だいぶ、長いですが、どうかお付き合いください。

今日はエイプリールフール。
このお話は、作り話です。



【*】


とある田舎町に、優しいおじいさんが住んでいました。
おじいさんのお家のまわりには、広い広い畑が広がっていて、
とっても静かでのどかなところでした。
6年くらい前、おじいさんは近所で生まれた雑種の子犬をもらいました。
白っぽかったその子はシロと名付けられました。

「シロや、シロ、シロ。こっちにおいで。」
おじいさんはシロをとても可愛がりました。
シロは、そんなおじいさんが大好きでした。
「シロや、シロ、シロ。たんと食べて大きくなれよ。」
シロはおじいさんの言いつけを守り、モリモリ食べました。
そして、大きな立派な犬に成長しました。

広い広い畑は、シロの遊び場でした。
夜はお家の外につながれていたシロですが、
おじいさんが畑仕事をしている間は紐をといてもらい、
いつもおじいさんのそばで遊んだりお昼寝したりして過ごしました。
お昼になるとおじいさんは
いつだってシロに自分のお昼ご飯を分けてくれました。
なのでシロはお昼が近くなると、いつもワクワクしました。

穏やかで楽しい幸せな毎日でした。
そんなおじいさんとシロの平和で幸せな日々は、
ずっとずっと続くはずでした。

ところが5年ほど経ったある日の朝、
おじいさんは胸が苦しいと言いながら倒れてしまいました。
とっくに畑にいく時間になっても、おじいさんはお家から出てきません。
でもシロは、今まで一度だっておじいさんが出てこなかった日なんてなかったので、おとなしくおじいさんが出てくるのを待っていました。

昼過ぎになり、近所の人がやってきました。
いつもなら畑にいるはずのおじいさんの姿が見えなかったからです。
そして、倒れているおじいさんを見つけました。

大慌てする近所の人を見ても、
シロにはなにがあったのかわかりませんでした。
でも、生まれて初めて、シロの心は不安になりました。
(じいちゃん、なんで出てこない?
 シロ、おなかすいたぞ。おなかすいたぞ。)
誰もシロにおじいさんのことを教えてはくれません。
それどころか、シロのことなど、誰も気にしてはくれませんでした。

夜になって、おじいさんの息子たちがやってきました。
急なことで・・・とか、さぞお力落としのことでしょう・・・とか、
シロにはよくわからない言葉がぼそぼそとつぶやかれていました。

おじいさんに会えないまま、随分と時間が経った頃、
お嫁さんの一人がシロにやっと気付いてくれました。
「誰か、犬にご飯あげた?」
誰も・・・、あげてません。
シロは朝からずっと、なにも食べていませんでした。
「この犬、ガリガリよ。おじいさん、ご飯ちゃんとあげてたのかしら。」
「知らねえよ。忙しくなるから、二三日分まとめてやっとけよ。」
部屋の奥から、苛立った声が聞こえました。
こんな時に犬の世話までしてられるかよ・・・とでも言いたげな声でした。

お嫁さんはシロを家の裏につなぎ、その後、洗面器に入れた山盛りのドッグフードと鍋一杯のお水を持ってきてくれました。
シロは嬉しくて、シッポを振って喜びましたが、
「おとなしくしててよね。」
そう言って、お嫁さんはすぐに立ち去ってしまいました。
そんなこと言われなくても、
お前はちっとも番犬にならんなとおじいさんに言われるほど、
シロはおとなしい犬だったんですけどね・・・。

翌日、大勢の人が出たり入ったりしているのはわかりましたが、
表でなにをしているのかシロにはまったくわかりませんでした。
そして誰も、裏にいるシロのところには来てくれませんでした。

ご飯はまだ残っていましたが、
お水はとっくの昔にすっかりなくなっていました。
それは、短い紐につながれたシロが横になろうとした時、
お鍋をひっくり返してしまったからでした。

季節は秋になっていましたが、とても暑い日でした。
シロはとても喉が渇きました。
それにつながれっぱなしだったので、
仕方なくその場でシッコとウ〇チをするしかありませんでした。

シロのウ〇チにハエがたかります。
ブンブンブンブン、寝ていてもうるさいです。
ウ〇チにたかったハエは、ご飯の上にもたかります。
うるさいし、くさいし、暑いし、喉が渇いたし・・・、
それよりなにより、シロは寂しくて仕方ありませんでした。

(じいちゃん、なんとかして。)
シロは、おじいさんに会いたいと心の底から思いました。

シロが家の裏でふたつくらい夜を越した頃、
人の出入りも少なくなりました。
家の中では息子たちがこれからのことを話し合っていました。
皆それぞれに遠くで仕事をしているので、
誰もシロのいる田舎に住むつもりはありません。
いずれ家や畑を処分して、兄弟で分けようと決まるまでに
それほど時間はかかりませんでした。

お嫁さんがシロのことを思い出しました。
「犬、どうするの?」
「うちは無理。マンションだからね。」
「うちも無理。デカイのはダメ。」

誰も、シロの家族にはなってくれそうにありません。
それなら近所にもらわれていくのでしょうか?
いえ、それもありませんでした。
シロは息子たちが自分の家に帰るついでに、
当たり前のように愛護センターに連れて行かれました。

センターの人は聞きました。
「ご自分たちで飼えないのですか?」
「住宅事情が許さないので無理なんです。」
「どなたか飼ってくれる人を探されましたか?」
「父の葬儀やらなにやらで散々お世話になった方たちに、
 これ以上ご迷惑はかけられませんので。」
シロをセンターに持ち込んだ息子は、ご近所に気を使ったことを
誇らしくさえ思っていました。

「こちらでも、なるべく生かす努力をしていますが、
 現実問題として、保護する場所が一杯になれば
 殺処分せざるを得なくなることもあります。
 この子がそうなっても構いませんか?」

「はい、構いません。」

シロは、おじいさんの息子の車から降ろされ
センターの人に引き渡されました。
おとなしいシロは、車から降りるときも、
センターの人に渡された時も、素直に従いました。

おじいさんの息子は、シロを手渡すと
面倒な後片付けがひとつ終わったことに安堵して、
二度と振り返ることなくセンターを後にしました。

シロはセンターの人に引かれて建物の中に入りました。
そこには知らない犬がたくさんいました。
でもシロは、怖いとは思いませんでした。
そばに人がいてくれることで、安心できたからです。

以前なら、飼い主が持ち込んだ犬は、翌日には殺処分されていました。
でも今は、出来る限り次の飼い主を見つけ、
処分せずに生かすことが法律で許されるようになりました。
ただ現実には、子犬や小型犬や純血種などに比べると
雑種の中型犬は、なかなか貰い手がみつかりません。
シロは、その雑種の中型犬でした。

シロは、とっても穏やかで人を信頼している子でした。
センターの人は、連れてきた息子という人間からは、
シロへの愛情を微塵も感じることはできませんでしたが、
父という人に可愛がられていたことは、容易に想像できました。

シロは、処分枠ではなく、譲渡枠に残ることができました。

センターの人たちは、捨てられる子や保護される子が多くて
手が回らない忙しさの中、一生懸命シロたちのお世話をしてくれました。
おじいさんに会えなくて寂しくて仕方ないシロですが、
センターの人、時々やってくるボランティアの人たち、
シロたちに関わってくれる人たちが、みんなみんな優しいので、
その人たちといられる時間はとても楽しく感じられました。

秋にセンターに連れてこられたシロですが、
冬になってもまだ、シロが欲しいと言ってくれる人と出会えずにいました。

そんなある日、ガリガリだけど元気だったシロが急に倒れてしまいました。
それから数日して、みるみる腹水が溜まるようになりました。

シロは重度のフィラリア症にかかっていました。
食べても食べても太れないのも、そのせいだったのです。

おじいさんはシロのことが大好きで、いつだって可愛がってくれました。
シロのご飯はお店で買ってくるドライフードでしたが、
畑や縁側でなにか食べる時、
シロと目が合えばなんでも食べさせてくれました。
ホントは犬には良くない物でも、あげれば喜ぶシロの顔を見ると、
ついついあげたくなるおじいさんでした。
夜の間は庭につなぎましたが、
おじいさんが起きている時はいつでも放してあげました。
お散歩には行かなかったけど、
広い畑を好きなように歩きまわったシロでした。

でもおじいさんは、
シロを獣医さんに連れて行ったことはありませんでした。
犬と暮らすならしなくてはいけない狂犬病予防接種と登録も
していませんでした。
獣医さんに行ったことがないのですから、
各種予防接種もフィラリア予防ももちろんしてくれたことはありません。
シロは運よく、パルボにもジステンバーにもかからず、
車に轢かれることもありませんでした。
でもフィラリアには感染してしまいました。

そのことに、おじいさんもシロもまったく気づきませんでした。

もうダメかもしれない・・・。
年末年始、センターも人手が薄くなる中、
ここにいては年を越せないかもしれないからと、
急遽、シロは愛護センターを出ることになりました。

でも、シロを飼いたいと言う人に出会えたわけではありません。
シロを家族に迎えたいと言ってくれる人が現れるまで、
ボランティアの人が預かってくれることになっただけでした。

その頃は、ちょっと歩くだけで、ハァハァと息があがっちゃったり、
急に倒れちゃったりと、とても元気とはいえない状態でした。
お腹の水も、あっと言う間にたまるので、毎週、毎週、
おなかに針を刺してお水を抜いてもらわなくてはなりませんでした。

あの日、死んでしまったシロのおじいさんは、
あれからこっち、シロに申し訳ないことをしたとずっと思っていました。

まさか息子たちが、シロを捨ててしまうだなんて、
考えてもみませんでした。
それよりなにより、シロを残して先に行くだなんて、
想像したこともありませんでした。

シロが病気だったことも、
お空の上から見るまで知りませんでした・・・。

 シロや、シロ、シロ。悪かったな。
 じいちゃん、おまえに悪い事したな。

 じいちゃん、じいちゃん、どこにいるの?会いたいよ。
 
 じいちゃん、死んだんだ。先に死ぬとは思ってなかったんだ。

 じいちゃん、じいちゃん、会いたいよ。

 じいちゃん、おまえのことちゃんと考えてやらなくてごめんな。

 じいちゃん、じいちゃん、シロはじいちゃんに会いたいよ。

 シロや、シロ、シロ。じいちゃんも会いたいよ。
 シロのこと、ちゃんとしてやらなくてごめんな。

シロを預かった人は、穏やかで優しいシロのことが
あっと言う間に好きにまりました。
ボランティア団体には、たくさんの優しい人たちからの寄付が届きます。
そのおかげで、もうダメかも・・と思われていたシロは、
獣医さんに連れて行ってもらえ、少し元気になれました。

少し歩いただけでハァハァしてたのに、
ちょっとのお散歩では物足りないくらい元気になりました。
急に倒れちゃうことがあったのに、それもすっかりなくなりました。

だからと言って、フィラリア症が良くなった訳ではありません。
腹水が溜まり続けるシロの体は、やっぱりギリギリの状態のままでした。

このままでは、長くはもたないかも・・・。
そんな中、シロは手術をすることになりました。
少しでも今より良くなるための手術です。
正真正銘、命がけの手術ですが、新しくシロを預かった人は
一縷の望みを託し手術することを決めました。

そして手術に向かったシロでしたが、
シロの体はもう手術できる状態ではありませんでした。
一度開いた胸でしたが、何もできずにまた閉じられました。

麻酔から、無事覚めることのできたシロでした。
翌日には、ご飯もペロリと食べました。
お見舞いに来てくれた新しくシロを預かってくれた人にも会えました。
でもその時、実はシロはその人にお礼とお別れをいっていたのでした。

(短い間だったけど、いろいろしてくれてありがとう。
 ホントはシロだけど、照はそろそろ逝くことにしました。)

麻酔から目を覚ますことなく逝くこともできたろうけど、
優しいシロは、短い間だったのにお世話になった人に
ちゃんとご挨拶してから逝きました。
それは明日退院という日の前日の朝のことでした。
朝ご飯を食べて、満足して、ひと眠りしてたら、
シロのじいちゃんがお迎えに来てくれました。

そして、シロはじいちゃんと一緒にいっちゃいました。

シロは、5歳から8歳くらいかなとセンターの人に言われてました。
預かっていた人は、これから長生きして欲しいと、
生きている時は5歳と思うことにしてました。
でも死んじゃった時、少しでも長く生きたと思いたくて、
8歳で逝ってしまったと思うことにしました。

でもシロは、ホントは6歳でした。
たったの、たったの、6歳でした。

入院中のシロにおじいさんは言いました。

 シロや、シロ、シロ。おまえには悪い事したな。
 じいちゃんがちゃんとしてやれば、
 病気になんてならなかったのに。
 痛い思いさせてごめんな。
 苦しい思いさせてごめんな。
 じいちゃんがちゃんとしていれば、
 捨てられることなんてなかったのに。
 先のこと考えてやらなくてごめんな。
 寂しい思いさせて悪かったな。

シロは言いました。

 じいちゃん、じいちゃん、
 シロはじいちゃんが大好きなだけだ。
 だからずっと一緒にいたかっただけだ。
 だから謝らなくていいよ。
 じいちゃんに可愛がられて嬉しいんだ。
 じいちゃんのそばにいられて嬉しいんだ。
 だからじいちゃん、謝らないで。

 なあシロや、シロ、シロ。 
 もうそろそろ、こっちに来ないか。
 ばあちゃんにも会わせたい。
 じいちゃんもどうにも寂しくていけないよ。

 じいちゃん、シロはじいちゃんに会いたいよ。
 だからいくよ。迎えに来てよ。

おじいさんは、新しいお家にシロが戻る前に
シロを迎えにきました。

 シロや、シロ、シロ。悪かったな。
 また一緒に暮らそうな。

 じいちゃん。じいちゃん。じいちゃん。

 シロや、シロ、シロ。

 じいちゃん。じいちゃん。じいちゃん・・・。

【終】



ホントのことは、わかりません。
でも照の一生のほとんどが、愛に満ちた時間であってくれたなら、
どんなにいいだろうと思います。
照が命を懸けて教えてくれたことが、誰かに届き、
予防できる病気で命を落とすような子がいなくなり、
最後まで家族といられる子が増えますように・・・。

まじめな話

【12月4日追記】
 根(こん)、湘南地区でのいぬ親会参加してきました~。
 お世話くださった皆様、会場まで会いに来てくださった
 元預かりっ子ご家族様、ありがとうございました!
 根の本当のご家族様には会えませんでしたが、
 てんこ盛りの応援団に、またまた励まされた嬉しい日でした。
 八王子や今日の様子などなど、12月7日以降にご報告いたしま~す。

*****     *****     *****


パブリックコメント第二弾の締め切りが近づいてきました。
八王子でのいぬ親会の思い出や、根(こん)の獣医さん通いのご報告や、
日々の出来事やと、載せたいお話やお写真はたくさんありますが、
でもやっぱりパブコメのことが今一番きになっているチビスケ母です。

もう数年前になりますが、一度だけ
千葉の富里にある愛護センターに行ったことがあります。

自分勝手甚だしい話ですが、チビスケ母は千葉県がボランティア団体にワンニャンの引き出しを認めたとき、自分はできるだけたくさんの子を預かるけど、絶対にセンターには行かないと決めていました。

行ったらどの子もどの子も助けたくなるに決まってる。
でもすべての子を引き出すなんてどう考えても無理に決まってる。
そして、命の選択という辛い作業を他のメンバーに押し付けていました。

どうしても人手が足りず、チビスケんちに来る子をセンターまで迎えに行くことになったときも、収容施設に入るつもりはまったくありませんでした。
でもセンターに着くとそのまま中に案内され、
当たり前のように収容施設の見学という流れになりました。

施設に入ることになったとき、絶対に、絶対に、泣いてはいけないと思いました。
センターで働く人がどれほど辛い選択を課されているかと思うと、
一人でセンチメンタルになることはあまりにも失礼だと思ったからです。

職員の方の説明を無表情で聞き、命の期限が迫った子達を淡々と見つめました。
なにも考えない。なにも感じない。
今はなにも見ていないんだと思い込みながら。

それでも最終日の部屋の先の処分機を見たとき、
どうしてもどうしても堪えきれず涙が溢れてしまいました。
泣き顔を見せてはいけないと、処分機を見る振りをして
職員さんにずっと背を向けていました。



最終日の部屋に、前足が湾曲しヨダレを垂らした成犬がいました。
明日処分されてしまうその子を見たとき、反射的に受け入れたいと思いました。

でもその日に4ワンズを引き出すことになっていたこと。
ヨダレの持つ意味が恐怖からなのか病気からなのかわからなかったこと。
もし病気だとしたら、引き出した子犬たちの健康を守れるか不安だったこと。
性格もわからない成犬を引き出して、広くもないチビスケんちで
本当に預かれるのだろうかと思ってしまったこと。

そんな不安要素ばかりが頭に浮かび、
その子に手を差し伸べることを諦めたチビスケ母です。

すべての子は救えない。
ならば、出会った子だけでも見捨てない自分になりたい。
そう思い続けていたのに、なにもしないまま諦めた自分がいました。

チビスケ母がどんなに謝ろうと泣こうと後悔しようと、
その子を救うチャンスはもう二度とありません。
泣いて泣いて泣いて、謝って謝って謝って・・・。

すべての子を救う財力のないことが、
情けなくて悔しくて・・・。
世の中を変える知力やバイタリティーのないことが、
情けなくて悔しくて・・・。
自分の弱さ狡さが、情けなくて悔しくて・・・。

胸のあたりがザクザク痛くて。
自分の不甲斐なさが、情けなくて悔しくて・・・。

そしてその子に誓いました。
出来ないことはたくさんある。
でも、もう二度と諦めることだけはしないからって。

自分の内に巣食う弱さ狡さは、自分で叩きなおさなくちゃって思います。
でも自分の外側のこと。
世の中を変えるとか、すべての子を保護することの難しさに地団駄踏む日々でした。

パブリックコメントのことを知ったとき、
一人ではどうにもならないと地団駄踏んでたあれやこれやに、
地団駄踏まずに済む日が来るかもしれないと思いました。

第一弾の時、一人一人の小さな思いが集結して、
大きな意見を国に届けることができました。

第二弾は、さらに命に直結した意見を述べるチャンスに恵まれた内容ですが、
正直、なにをどう伝えたらいいのか思わず躊躇してしまう難しさを感じました。

でも今ここで諦めたら、あの子を見捨てた日の自分と同じ自分になってしまいます。
始める前に見捨てた狡い自分に。

だからなにがなんでもパブコメ書くぞ~と思いました。

そして、どう書いたらいいか悩んでいたら、カプアンパパさんが意見が届けやすくなるようにと記入用紙を作成してくださいました。(→「こちら!」 にあります。)

日本が命に優しい国になるといいな~と思っていても、
思っているだけでは、伝わらないですものね。
日頃、ズボラで面倒くさがり極まりないチビスケ母ですが、
命に直結する意見を伝えられる願ってもないチャンス。
前回に引き続き、真剣に真剣にパブコメ書こうと思います。

プリンターのない方、PCが苦手な方もいらっしゃると思います。
でも記入用紙を見ることだけでもできるなら、
伝えたい項目のひとつふたつだけ手書きで伝えたっていいですものね。

締め切りは12月7日。(必着です)
今度の日曜の湘南地区いぬ親会の会場でも記入用紙をご用意いたします。
(会場詳細は → 「こちら!」
会場にお越しいただける皆様、ぜひパブコメコーナーにお立ち寄りください。



チビスケ母が見捨てた子です。
IMG_7781a_convert_20111203015235.jpg
ごめんね。
あなたを見捨てたこと、本当にごめんね。

あれから3年半近くになりますね。
あなたを見捨てた私は、二度と諦めない自分になれたでしょうか・・・。

まじめな話

パブリックコメントの提出日期限、27日がもうすぐそこまで迫ってきました。
FAXやメールでの送信なら、まだ数日あるかもしれませんが、
郵送で送ろうと思っている場合、もうそろそろポストに入れなければという時期です。

提出してみようと思いながらも、なんとなく時間に追われ、
あちこち調べることができずにいる方も多いかと思います。
でも、ズボラなチビスケ母でも郵送までの道のりはとっても簡単でした。

「犬や猫たちの代わりに国へ声を!」 ←を左クリック!
2.そして、そのページの一番下へ。
3.PDFファイル形式とか、WORDファイル形式 と書いてある
  どちらかを左クリック
  チビスケ母は、一度に印刷できるWORDファイルを選びました。
4.そして印刷
5.住所氏名など記入し、項目ごとにチェックを入れます。
6.用紙を封筒に入れ封をし切手を貼りポストに投函!


以上で完了です。

用紙には、理由や意見を記入できるスペースがあります。
このスペースを見ると、どう書くべきか不安になるかもしれません。
でも、項目ごとのチェックをするだけでOKです。
理由や意見を書くスペースは、書きたいことがある時にお使いください。

当然、動物販売業界は法案が厳しいものにならないよう
組織だって動くことでしょう。
それに反して、多くの人はパブリックコメントの
存在すら知らないのではないかと思います。

なので前回の5年前、“幼齢犬猫販売問題は8週齢以上”に決まると思われていたにも関わらず、
【 反対約9,500 対 賛成約200 】
と大差をつけられ法案化が見送られてしまったのだと思います。

パブリックコメントの存在を知った以上、理不尽な扱いをされているワンニャンの存在を知りながら、ただ泣くだけの自分ではいけないと思いました。
もの言えぬ子たちに代わって、意見を届けなければいけないと思いました。



2007年9月。
ブリーダー崩壊に伴い、チビスケんちにシェルティーがやってきました。
IMG_3706_convert_20110823222802.jpg
好(この)と名づけた女の子に出会ったとき感じたのは、
「遠い目をした子だな・・・。」ということでした。

好(この)は今、あんこという可愛いお名前になり、
それはそれは幸せに暮らしています。
今日は、今はまん丸の幸せなあんこのこと、お話しようと思います。

チビスケんちに到着した日、あんこは一言も鳴きませんでした。
鳴くどころか座ることもせず、入れられたケージの中で、
まるで銅像のように立ちすくんでいました。
知らない場所や人に対する恐怖もなければ、不安も感じられません。
それと同時に、楽しさも嬉しさも・・・、
感情というものが微塵も感じられませんでした。

あんこの首から下の毛がないのは、丸刈りにするしかないほど
毛が絡み汚れ固まっていたからです。
糞尿にまみれたその体は、耐え難いほどの異臭を放ち、
汚れた毛は、まるでヘルメットのごとくコチコチに固まっていました。

そんな暮らしが、なにも求めずなにも期待しない心を作り上げたのだと思いました。

ドッグランに行きました。
IMG_4197_convert_20110823222822.jpg
当時の預かりっ子の覚(かく)や寛(ゆた)、
そしてチビスケんちのワンズが楽しそうにカッ飛びます。

そんな中、自分の世界の限界をはるかに超えた広さに戸惑うあんこです。
IMG_4201_convert_20110823222843.jpg

そして、なにも起こらないとわかったら、動かなくなりました。
IMG_4246_convert_20110823222905.jpg
何年も何年も、なにも期待しない暮らしが続いたあんこは、
もう走ることはないのでしょうか・・・。

いえ、けしてそんなことはありません。
あんこは、チビスケんちに来た次の日から、どんどんどんどん変わって行きました。
他のワンコの匂いをかいで見たり、
他のワンコの後をついて行ってみたり、
そしてそう間をおかず、運動会しているチビッコチームに参加してみたり・・・。

しばらくして、またランに行きました。
IMG_4484_convert_20110823222929.jpg
そしたら、あんこ、走るんです。
まだ楽しいとかそうゆう感じじゃなかったけど、
みんなに着いていこうと、走るんです。

でも・・・、
IMG_4488_convert_20110823223015.jpg
カケッコ遅いから、いつもみんなと反対方向に走るんです。
ここのラン、細長いのでまっすぐ思いっきり走れます。
なので走ってるみんなを追いかけても、端っこまで行ったみんなが戻ってきちゃう。
そんなみんなをまた追いかけても、
あんこがみんなに追いつく前にまたみんなが戻ってきちゃう。
なのであんこは、いつも反対向きに走ることになっちゃうんです。

それでもあんこは走ります。
IMG_4571_convert_20110823223045.jpg

諦めないで走ります。
IMG_4709_convert_20110823223108.jpg
歩いてるって言ったほうがぴったりかもしれないけど、
あんこは、トコトコトコトコみんなと一緒に走ります。

伴(ばん)が父さんにいい子いい子してもらってます。
IMG_4747_convert_20110823223137.jpg

あんこもして・・・と父さんに言います。
IMG_4749_convert_20110823223209.jpg

あんこ、父さんに、いい子いい子してもらいます。
IMG_4750_convert_20110823223235.jpg
人に求めるあんこがいます。

覚(かく)と寛(ゆた)と遊びます。
IMG_5003_convert_20110823223304.jpg
銅像のような女の子は、もういません。

何度目かのラン、覚(かく)と一緒に走るあんこです。
IMG_5074_convert_20110823223328.jpg

みんなの中に飛び込んでいくあんこです。
IMG_5229_convert_20110823223406.jpg
あんこのシッポ、ピンと上向き・・・。

まだまだカケッコは遅いけど、みんなと一緒に走るあんこです。
IMG_7822_convert_20110823223430.jpg

寛(ゆた)と寄り添うあんこです。
IMG_9094_convert_20110823223452.jpg
ただ眠るのではなく、誰かと寄り添いながら眠る安らぎを知りました。

そして12月、あんこは本当のご家族と出会い、本当のお家に巣立って行きました。
その日からあんこには、自分を愛しくれる家族ができました。
生まれてから数年経って、やっとあんこのまん丸のまん丸の幸せが始まりました。



数ヵ月後、あんこに会いました。
IMG_3257_convert_20110823222706.jpg
あんこの毛が、風にたなびいてます・・・。
シェルティー本来の姿です。

そして、みんなに混ざって楽しそうに遊ぶあんこがいます。
IMG_3186_convert_20110823222610.jpg

風に舞う砂埃をものともせず、みんなと一緒に走るあんこがいます。
IMG_3203_convert_20110823222648.jpg





2007年9月のシッポの下がったこの子と、
IMG_3631_convert_20110823222744.jpg

それから半年もたたない日のこの子は、
IMG_3260_convert_20110823222726.jpg
同じ子です。

何年も何年も虐げられてきたのに、
あんこはあっという間に本来の活発さと陽気さを取り戻しました。

今も、狭いケージでヘルメットのように固まった毛をまとったまま死んで行く子がたくさんいます。
お散歩もさせてもらえず、子供を生み続けるだけの暮らしで生涯を終える子がたくさんいます。

あんこを見ると思います。
今からでも間に合うと・・・。
そして、今動かなければ間に合わない子がいると・・・。

だからこそ、パブリックコメントを届けなければいけないと思います。
この記事が少しでもどなたかの目に留まればと、
26日までブログをお休みし一番最初においておきたいと思います。

長々と「まじめな話」にお付き合いくださり、ありがとうございました。
リンク
探しています!
元預かりっ子の小梅が、2008年5月14日、千葉県習志野市新栄付近から迷子になってしまいました。
詳細及びポスターは→こちらです。ご協力、どうかよろしくお願いいたします。
ご家族募集中!
成犬・女子・儘(まま)
右後ろ足先欠損
成犬・女子・楢(なら)
年齢10歳以上
フィラリア陽性
成犬・女子・埜々(のの)
軽度心臓肥大
鼠径ヘルニア
両膝蓋骨脱臼
成犬・女子・歌(うた)
左後肢先欠損
フィラリア陽性
成犬・男子・祭(まつ)
高齢・要介助
フィラリア陽性
成犬・女子・給(たも)
両後ろ足変形
フィラリア陽性
成猫・男子・兎々(とと)
全盲及び癲癇症状有り
成犬・女子・歩(ある)
準備が整いしだい
ご家族さま募集開始します
人馴れなし
フィラリア陽性
子犬・男子・幣(ぬさ)
準備が整いしだい
ご家族さま募集開始します
左前肢先欠損
子猫・女子・軽(かろ)
ご家族さま、決定しました!
9月13日お届け予定です♪
両目白濁及び左目結膜癒着
成犬・男子・照(てる)
願い叶わず、2016年3月17日
虹の橋へと旅立ちました。
ぜひご覧ください!
元預りっ子のブログ゙♪
カテゴリ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
FC2カウンター
最新記事
月別アーカイブ
最新トラックバック
プロフィール

チビスケ母

Author:チビスケ母
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード