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祭(まつ)のこと。

去年の暮れ、12月29日に虹の橋へと旅立っていった祭(まつ)。
あれからもうひと月以上経ってしまいました。
大変遅くなりましたが、祭のこと、ブログに残したいと思います。

祭がチビスケんちに来たのは2017年の5月16日。
亡くなったのが12月29日でしたから、
たったの7ヶ月半ぽっちの預かりっ子時代でした。
それに引き換え、
センターに収容されたのが2015年8月17日ということなので、
センターでの日々は1年9ヵ月でした。

ちばわんの愛護センターレポートに登場するようになった祭。
保護当初、3~5歳くらいと思われていた祭でした。
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2015年5月の祭です。

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毛並みも美しく、四肢もしっかりとしています。

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保護された年の暮れのお写真です。
人に甘える祭。
目は見えにくいようでしたが、まだ視力はあったようです。

長くセンターブログの登場するうちに、
途中から柴ジイという愛称で呼ばれるようになりました。
思いのほか年齢が進んでいたことがわかり、
推定年齢がだんだんアップされていくようになりました。

最初に祭を見た頃は、とても元気そうでした。
なので、いぬ親会にたくさん出られる預かりさんちで預かられた方が
いいに決まってると、引き出しの手を挙げるつもりはありませんでした。

2016年の6月のお写真です。
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この頃から、掲載される写真の中の祭は、下向きばかりでした。
見えないから、匂いでまわりの状況を知ろうとしていたのかな・・・。

2016年8月のお写真。
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こちらも、頭は下がり気味です。

月日を重ね、なかなか引き出しの声がかからないまま、
いつしか祭の推定年齢はシニアの域に変わっていきました。

2016年の11月の始め頃のお写真。
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かなり見えていないのかな?
それとも、もう見えないのかな?
そんな風に思いました。

そして同じ11月の末のお写真です。
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なんだか急に老け込んだ気がしました。
そしてこの後、センターブログに祭は登場しなくなりました。

2017年の4月の湘南いぬ親会の時だったように記憶しています。
毎週、センターに通ってくれているメンバーに祭のことを聞きました。
そして、体調を崩し、別室で看護されていたと教えてもらいました。

それでも老いているとはいえ柴犬の祭を
大家族の預かりっ子にしていいものかどうか、迷いがありました。
もっと落ち着いたお家で過ごした方が祭は幸せなのではないかと・・・。
でも、今からの引き出しは看取り覚悟だと書かれていたこともあり、
もうそんなに残された時間がないのならと、引き出しの手を挙げました。

チビスケんちに来たばかりの祭です。
1802IMG_6823.jpg
体重は4キロ代。ガリガリに痩せていました。
目は、まったく見えていないようでした。

それでも自分の足で立ち、
ずっと左回りでしたしすぐ転びましたが、歩くこともできました。
aIMG_6835.jpg

すぐ転ぶのでひとりでお庭に出しておくわけにはいきませんでしたが、
そんなに歩けるならと頂き物の大き目のサークルを用意しました。
aIMG_7140.jpg
この中で、クルクル、クルクル、
ずっと左回りでしたが、よく歩き回っていました。

外の景色は見えなくても、風や匂いは感じるのでしょう。
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偶然かもしれませんが、見えない子が明るい方を向いて座っている姿に
なんだかとっても嬉しくなったことを覚えています。

目が見えない祭は、時々、サークルの隙間に鼻先がはまりました。
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思い通りに動けないもどかしさ。
祭、はまるたびに、それはそれはデ~ッカイ声で
「ギャン!」と鳴きました。
不意に鳴かれると
心臓が口から飛び出そうなくらい驚くほどのデ~ッカイ声で。

見えないのだから、なぜ前に進めないのかわかりません。
出口を探してウロウロして、どこからも出られず鼻先がはまる。
そしたら、やっぱり誰だって鳴きたくなりますものね。

かといってリビングフリーにはできませんでした。
不意に気配を感じると、容赦なくお口が出る祭でしたから・・・。
それは見えないからこその祭なりの防御でしかないのですが、
誰かが噛まれたら大変です。
そしてまた、噛まれた子とケンカになったら祭も大怪我しかねませんから。

健常な子だったら、心苦しく感じたと思います。
でも祭は見えないので、
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鼻先がはまらないよう、ダンプラでサークルの内側を囲いました。
空気の流れは感じにくくなってしまいましたが、
鼻が挟まって痛い思いをすることはなくなりました。

看取り覚悟で預かった祭は、当初、極度の脱水と骨と皮だけ?
という痩せっぷりでした。
でも食欲だけはものすごくありました。

出されたご飯を食べようと、
匂いを頼りに器に顔を突っ込むまでは良いのですが、
食べたい気持ちが大きすぎて、
あまりにも勢い良くお顔を器に突っ込むので、
ご飯が四方八方に景気よく飛び散ります。
あちこちに散ってしまうともう食べることができず、
食べたいけど食べられないという状況でした。
サークル内に入れたお水もすぐにひっくり返してしまうので、
ワンコベッドも祭自身もびしょ濡れになってしまいます。
ご飯もお水も、
自力では思うように食べたり飲んだりできないことがわかりました。

そこで、ご飯もお水もお顔の前に差し出すようにしてみました。
たくさん飲んだり食べたりできるようになったら、
補液しなくても脱水は解消し、日に日に体重も増えていきました。

ピーク時には8キロにまで体重は増え、毛艶も良くなり、
この分なら看取り覚悟なんかじゃなくて、
まだまだ元気に生きてくれるんじゃないかと思わせてくれました。

アッと言う間に、
1712IMG_7656.jpg
サークルの上からお顔ニョッキリ出せるほど元気になりました。

鼻が挟まることのなくなったサークル内をうろうろして疲れたら
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こんなお顔して寝てくれる。

もちろん、それでも「ギャン!」と鳴くこともあったし、
差し出した器ではなく手を噛まれそうになったこともあったし、
オムツがズレたり外れたりで、ワンコベッドにお漏らしされたり、
ウ〇チが漏れてサークルの中、
満遍なくウ〇チコーティングされることが連日という日々もありました。

そうそう、ダンプラ養生ができる前、夜中もギャン吠えしてしまうので
ご近所迷惑だからと、夜だけ廊下に出していた時期がありました。
朝、廊下を見ると、全面・・・、
それこそ満遍なくウ〇チ踏んだ足で廊下を歩き回り、
毎朝、見事にウ〇チコーティングされていました。
朝から廊下掃除・・・。
なんたって、その廊下を通らなければ
在りし日のチビスケBIIBIはデイサービスに行かれませんでしたから。

夜中のギャン吠えの度に、
ご近所を気にして何度も起き、寝不足になったこと。
水分補給もできるようにと、
たくさんのお水でふやかしたドライフード満杯の器。
その中でデクションされてご飯が盛大に飛び散ったこと。
もっと上手に食べられるようにと手からご飯をあげているとき、
ご飯と間違えて噛まれたこと。
それがべらぼうにべらぼうに痛かったこと。
オムツしてても、ウ〇チはシッポを通す穴から漏れちゃうことが多くて、
それを必ずと言っていいほど踏む祭。
そして老化が進んで行くにつれ始まった床ずれとの闘い。

当時はきっと、そこそこ大変だったりしたんだと思います。
でも、そんなこんなを今思い出すと、ただただ懐かしい、
そして微笑ましい思い出でしかありません。

今、楢(なら)がだんだんと祭の域に達し始めています。
どこでもハマるし、
自分のしたウ〇チの上で転げまわりウ〇チまみれになるし・・・。
老犬の介護って、キレイなことばかりではありません。
時間も労力も費やさなくてはならない時が当たり前にあります。

でも介助も介護も看護も、永遠に続けることはできません。
だからこそ、できるだけのことをしてあげたい。
それはただただ、
自分が後悔したくないためだけなのかもしれませんが・・・。
でもやっぱり、それだけじゃない。
可愛いから、愛しいから、だから続けられるのだと思います。

アララ、話が逸れました。
祭の話に戻します。

見えないとは言っても、
お庭に出すと祭は喜んでくれているように感じました。
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最初の頃はすぐに転び、目が離せませんでしたが、
しばらくするとよろけても踏ん張れるようになり、
ひとりでお庭に出しておいても大丈夫なほどになりました。

でもそんな時期はそう長くは続かず、
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どこかにハマっては「ギャン!」と鳴いてチビスケ母を呼びつけ、

ほんの数センチの段差でバランスを崩し、
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一度、転がると起き上がれず、
かといって焦るでもなくそのまま寝てしまうようになりました。

そのうち、後ろ足が弱くなり、
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立ち上がることができなくなりました。

それでも上半身を使ってあちこち行かれましたが、
お庭で体を引きずると怪我をしてしまうからと
お庭散歩はほんの短時間しかさせなくなりました。

もしチビスケ母が祭だけと暮らしていたら、
もっと長い時間、お外の気配を感じさせてあげられたのに・・・。
そんな、考えても仕方のないことを思ったりしてしまいました。

でも、歩き回れなくなった祭は、リビングフリーになれました。
DSC_1458.jpg

見えないままにむやみやたらに動き回れば、
いらぬizakozaを起こします。
でも前足だけでウニウニ動くだけなら、まわりも驚くことなく、
寝ているところを踏みつけられることもなく、
穏やかに同じ空間で過ごすことができますから。
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リビングフリーになった祭は、
お部屋の中、こんな感じで前足を使って動き回ってました。

祭が前足だけで動くスピードに、まわりのワンズが驚くことはありません。
祭の方も多少は丸くなってくれたのか、
それとも反応そのものも衰えたのか、
祭がリビングフリーになった後、
ワンコ同士でizakozaすることもなく、
たまに思い通りにならない時の祭のギャン吠えが響き渡る程度の
穏やかな日常が戻ってきました。
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穏やかな祭は、生まれた時からここんちの子だったみたいに、
アッと言う間にみんなの仲間入り。
果たして、祭の側にその自覚があったかどうかは
定かではありませんが・・・。

そんな嬉しい展開もあれば、困った展開もありました。
立ち上がれないまま動き回る祭。
そうなると、どうしても足の裏以外の場所が床に長く接してしまいます。
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最初は首辺りでした。
この頃から、床ずれ対策に試行錯誤の日々が始まりました。

日に日に、体を思うように動かせなくなっていく祭。
一度寝かせたら、寝かせた側を下にしたまま、動き回ります。
まるで疲れを知らないかのごとくずっと同じ動きを続ける仕草も、
きっと老化のひとつなのでしょう。
止めようとしても止まらず、延々と手足をバタバタ動かし続け、
留守番や夜中の間に、あっという間に床ずれを起こしてしまいます。
DSC_1361.jpg
首回りの次は肩、そして後ろ足と、
どこかを庇えば、どこかが床ずれ・・・という感じでした。

床ずれは、下半身不随の子たちで経験済みでした。
でも下半身不随の子と立てない子では出来る場所が違います。

包帯を巻いても、延々と動き続けるのですぐに取れてしまいます。
圧がかからないようにとクッションをつくっても、
すぐにズレてしまいます。
そんなこんなで四苦八苦し、
たどり着いた対策は養生テープでのぐるぐる巻きでした。
それをドコノコにアップしたら、トイレシーツを包帯代わりにすると
ズレにくいことを教えていただけました。
上のお写真は、トイレシーツ包帯がとても使い勝手が良かったので、
さらにシーツ節約でタオルで床ずれ保護されている祭です。

最初の頃は、数日で回復してくれました。
でも段々に治りが遅くなりました。
今になって思うのは、その頃が、
すべてが落ち始めて来た頃のはじまりだったのかなということです。

看取り覚悟。
そう思って預かった祭でしたが、
メキメキと元気になってくれた時期もあり、
ご家族さま募集のスタートラインに立たせることにしました。

まだまだ元気な祭の残された日々を、できることなら大家族の中ではなく、
祭だけを愛してくれるご家族の元で過ごせたら・・・
という思いからでした。

そして二回も、いぬ親会に参加することができました。
最初は11月25日に葉山町で開催された譲渡会でした。
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その日、センターでずっと祭を見守ってくださっていた
猫の手さん に、祭を抱っこしていただけたことは、
とてもとても嬉しい思い出です。

二回目は12月の鎌倉でのいぬ親会です。
(まだご報告、アップしてなくてごめんなさい)
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頂き物のカートの中で、頂き物のダウンを着込み、
ずっとヌクヌクで過ごしました。

でもこの日、祭と楢をいぬ親会に参加させるのは、
これを最後にしようかな・・・と思いました。
もう長時間の外出は負担かなと感じたからでした。

チビスケ父が帰ってくると、
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こんな風におなかの上で抱っこしてもらいました。
眠っている時以外、動き回ることの多かった祭でしたが、
抱っこされると動きを止め、
気持ちよさそうに静かに過ごすことができました。

もし祭だけと暮らしていたら、もっともっと抱っこできるのに・・・。
そんな考えても仕方のないことを、また考えていました。

祭の口元、ベロが出てるように見えますよね。
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でも違うんです。
ご飯を食べるとき、あまりにも思い切り器の中に顔を突っ込むので、
下唇あたりを常にぶつけ、こんなことになってしまいました。

かといって手ですくって口元に持って行くと、指ごと食べられそうな勢い。
勢いあまって手の平を噛みつかれたり、
それがまたかなり痛かったリ・・・。
スプーンであげれば一度口の中に入ったスプーンを離さなくて、
チビスケんちの笑(わら)が倒れた時に
お口の中を傷つけないようにと買った柔らかいスプーンを
スプーンごと食べてしまったり・・・。
今度はご飯の食べさせ方の試行錯誤が始まりました。

すでに、食べたい気持ちはあるけれど、
体の方はもうあまり動けなくなっていた頃でした。
DSC_0891_201802021903072b2.jpg
時々、あれほどあった食欲もなくなり、寝込むこともありました。

そんな中たどり着いたのが、膝枕のような形で祭を寝かせ、
犬歯と奥歯の間からご飯を一粒ずつお口の中に入れるという方法でした。
食欲がある時は、食べたい気持ち一杯の祭でしたから、
上手に入ればばポリカリポリカリ面白いように食べてくれました。
お水もシリンジで脇から入れると、上手にゴクゴク飲みました。
でも大雑把な預かりの浅はかな考えで、一粒ずつつかみやすいからと
そのまま上げていたドライフードが少しずつ歯茎にもあたり、
数日後には歯茎を傷めてしまいました。
慌ててフードをお水でふやかしてあげることにしました。
つかみにくくはなりましたが、歯茎も無事な上、
脱水も防げるという瓢箪から駒な幸運となりました。

ただ、ベロの動かし方も衰えてきたのか、
段々、上手にお口の中に入ることが少なくなり、
ベロの下にご飯が入ってしまうと、
なかなか上に戻せず、うまく食べることができなくなりました。

ご飯の時間は段々長くなり、祭のおこぼれをもらえないかと、
祭のご飯の最中、まわりはワンズだらけ。
待ちぼうけ時間は、日に日に長くなっていきました。

あまりブログをアップすることができず、祭の日々の様子も
ほとんどお伝えせずのままでした。
ドコノコは、ほぼ毎日、アップしていましたが、
登録しないと見ることができないので、
何枚も載せた祭のお写真もご覧いただけなかったかと思います。

先日、コメントなどの入力はできませんが、
見るだけならPCからでもできることを偶然知りました。

「チビスケんちの預かりっ子たち」

 ↑よろしければクリックしてみてください。

さらに、お写真をクリックしていただくと
一枚ごとの大きな画面になります。
こちらに載せたお写真と重なるものも多いですが、
昨年の9月末から始めたので、後半の方に祭がたくさんでてきます。

ドコノコにも載せたお写真ですが、あまりにも可愛くて・・・。
DSC_0422_2018020312065122b.jpg
寒い日だったので、くるんでみました。

そしたら・・・、
DSC_0424.jpg
気持ちよさそうに眠っちゃいました。

ドコノコを見ていたら、
祭と同じくらいの老いっぷりの柴ちゃんを見つけたことがあります。
その子は、その子のために買ってもらったのであろう洋服や、
その子のために用意されたのであろう
フカフカで清潔で可愛らしい毛布やベッドに包まれ、
寒い日、暖かい日、その日、その日の気温や体調に合わせて、
たくさんのたくさんの優しさと愛情にすっぽり包まれていました。
その子の存在を知った時、もし祭がここんちじゃなくて、
せめてもう少しワンニャンの少ないお家で預かられていたら・・・、
もしチビスケんちに、祭だけしかいなかったら・・・。
祭とその子の境遇のあまりの違いを知り、
祭が不憫に思えて仕方ありませんでした。

もちろん、人の気配のある家庭という場所で、
捨てられた子が最後の時を過ごせて幸せと考えることもできるでしょう。

でも最後に残したい祭のお写真は、
チビスケんちで撮ったものではありません。
ss150929a.jpg
センターに保護された当時の祭です。

美しい毛並み。
輝く笑顔。
推定年齢を間違われるほど生き生きとしたエネルギーに溢れる祭です。

センターでの日々が二年近くに及び、
最後の7か月を預かり宅で過ごした祭。

でも犬生のほとんどであった10年以上の年月には、
祭が共に過ごした人々との暮らしがあったはずです。

目も見えず、走ることもできなくなってから連れてこられた預かり宅。
毎日、ご飯をくれる人間の顔も見えない。
痛いことはされなかったけど
知らない人に抱っこされたり、オムツを変えられる日々。

僕の家族はどこ?
祭はそんな風には思わなかったかもしれないけど、
そばで暮らす未熟な人間はついついそのことを思ってしまいました。

なぜこんな年になってから、
逃げたのか迷子になったのか捨てられたのかはわからないけど、
知らない人んちで過ごさなければならないのか。
なぜずっとずっと一緒に暮らしてきた家族と、
ドコノコで出会った柴ちゃんのように
愛されながら最後の日々を過ごすことができないのか。

日に日に老いて行く祭と暮らす中、
その理不尽さがどうにも納得できませんでした。

12月29日。
そろそろなのかな・・・。
実はそう思っていました。
今夜あたりちばわんに、祭がそろそろ旅立つかもしれませんと
連絡を入れようかなと思っていました。
でもその日、そんな祭を置いてでも
獣医さんに行かなくてはなりませんでした。

もし祭だけと暮らしていたら・・・今日、でかけたりしないのに。
考えても仕方のないことが、また頭をもたげました。

そして獣医さんから戻ると、
・・・すでに旅立ってしまった祭がいました。

祭のお尻のそばに、それはそれはいいウ〇チがありました。
片づけようとしたウ〇チの暖かさが、
ビニール袋を通じて伝わってきました。

そっか・・・、ウ〇チ、したばっかりだったんだ。
逝っちゃったばっかりだったんだね・・・。

もうちょびっとだけ、待っててくれれば良かったのに。
もうちょびっとだけ・・・。
でも、そんなの祭にはどうでもいっか。
だって、知らない人だもんね。
だって、ずっと一緒に暮らしていた家族じゃないものね。

祭のことは可愛かった。
愛しかった。
でも祭と過ごした時間は、祭が長年共に暮らした家族には適わない。
きっとそのことが、チビスケ母の負い目だったのだと思います。

祭の居場所は、ここじゃない。
こんなとこで死んじゃダメ。
ちゃんと、ちゃんと、家族のそばで愛されながら死ななくちゃ・・・。

その気持ちを捨て、
祭のこと、生まれた時からずっと一緒だった家族と思うべきでした。
ドコノコで見た柴ちゃんと比べたりせず、
祭は祭なんだと、不憫に思う時間を愛する時間に変えるべきでした。

遅ればせながら、祭、チビスケんちの子になりました。

お世話になった皆さま、気にかけてくださっていた皆さま、
ありがとうございます。

どうかどうか、どの子もが生まれた時から愛され、
最後の最後まで、愛する家族と一緒に暮らせますように。
最後の日々を、楽しかった思い出、幸せだった思い出、
そんな瞬間の積み重ねをご家族と共に抱きしめながら、
穏やかに愛され、惜しまれながら旅立てますように。

祭とのお別れの中で、強く強くそのことを願うチビスケ母です。

祭、ありがとう。
あなたの命を通じて、未熟な預かりは大切なことを教えてもらいました。
あなたと出会った瞬間から、あなたは家族だった。
他の預かりっ子同様、チビスケんちにいる間はみんな母さんの子。
あなたも良いご縁に恵まれない限り、母さんの子でした。
たくさんの焦りがありました。
残された時間の少ない子ということで、
あなたへの思いがブレてしまいました。
ごめんなさい。
同じ間違い、二度としないよう頑張るからね。
祭、ホントにホントにありがとう。
あなたは私の大切な大切な息子です。
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フィラリア陽性
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準備が整いしだい
ご家族さま募集開始します
左前肢先欠損
   
   
   
   
虹の橋への旅立ちと共に
チビスケんちの子になりました
   
成犬・男子・根(こん)
願い叶わず、2014年4月11日
虹の橋へと旅立ちました。
成犬・男子・照(てる)
願い叶わず、2016年3月17日
虹の橋へと旅立ちました。
成猫・男子・兎々(とと)
願い叶わず、2017年11月4日
虹の橋へと旅立ちました。
成犬・男子・祭(まつ)
願い叶わず、2017年12月29日
虹の橋へと旅立ちました。
成犬・女子・楢(なら)
願い叶わず、2018年2月14日
虹の橋へと旅立ちました。
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